日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

私のおっぱい戦争 29歳・フランス女子の乳がん日記

がん闘病の重苦しいイメージを跳ねのける明るくポジティブなブログ漫画

私のおっぱい戦争 29歳・フランス女子の乳がん日記
キーワード
がん乳がん女性の病気闘病
作者
作:リリ・ソン
訳:相川千尋
作品
『私のおっぱい戦争 29歳・フランス女子の乳がん日記』
単行本
『私のおっぱい戦争 29歳・フランス女子の乳がん日記』(花伝社、全1巻、2019年)

作品概要

 29歳で乳がんになった作者が、診断3日後に開始したブログ漫画。片方の乳首がおかしいのに気づいて病院に行き、がんと診断された心情を包みなく、ユーモアを交えながら描く。
 乳がん検査や医師からの説明、腫瘍切除手術のプロセスが克明に記録されているのはもちろん、がんとは何かを自分なりに調べて理解しようとしたり、胸がなくなってしまったら女らしさまで失うのではないかと悩んだり、闘病の途中で感じたこと、考えたことがありのままに打ち明けられている。

「医療マンガ」としての観点

 がんのことを家族や友人に話したところ泣いたり悲しんだりするのがつらかった、と作者はブログを開設したきっかけを語っている。がんは早期発見できれば治療可能な病気だが、目に触れる機会の多い映画やドラマで描かれるがんは、末期がんや余命宣告など死に直結したイメージのものが多い。作者自身もがんと聞いて真っ先に思い浮かべたのは「死」の文字だった。
 作者はこの作品を描くことで「同情はいらない、明るく乗り越えたい」と宣言することができたとも語っている。その言葉どおり、本作はがん闘病という重苦しい言葉とは真逆で、明るくユーモアに富んでいる。
 最初に検査を受けた病院では、担当医を「私のかわいい先生」と呼び、テレビドラマに出てくる女優に似ていて触診されて「ドキドキした!」、「命の恩人!」という真っ赤な吹き出しが紙面に踊る。マンモグラフィの結果、影があると言われた作者が考えたことは、「宇宙人に埋め込まれたチップが写り込んだんだ、きっとそう!」。本作は終始、このようなハイテンションで展開される。
 特に面白いのは、自分の胸に巣くったがんを、サーカスの猛獣使いが動物に命令するときにドイツ語を使うことからドイツ風の「ギュンター」と名づけてコミカルに描いているところだ。「ギュンターのバカ!」と可愛くなじったり、「ギュンターが私の乳管のひとつでポールダンスを踊っている」と表現したり、がんを親しみやすく擬人化している。
 また、乳首の切除は女性にとって直視しがたいことであるが、ゾンビに食べられた右脚にマシンガンをはめて戦うアメリカ映画の女主人公みたいに、失った乳首の代わりに役立つアイテムを取り付けてはどうかと夢想する。
 もちろん、作者の胸のうちにはさまざまな不安や恐怖が渦巻いていただろう。でもそれを跳ねのけるかのようにポジティブなパワーに満ちている。作者自身が描くことによって自分を鼓舞していたのだろうが、読者をも勇気づけてくれる。

【執筆者プロフィール】

森﨑 雅世(もりさき まさよ)
大阪・谷町六丁目にある海外コミックスのブックカフェ書肆喫茶moriの店主。海外のマンガに関する情報をTwitter、Instagram、Youtube、noteなどで発信しています。書肆喫茶moriのHP