日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

学校に行けなかった中学生が漫画家になるまで
――起立性調節障害とわたし

思春期の不調をめぐる気持ちを丁寧に綴った自伝マンガ

学校に行けなかった中学生が漫画家になるまで<br>――起立性調節障害とわたし
キーワード
思春期の不調気分障害自伝マンガ起立性調節障害
作者
月本千景
作品
『学校に行けなかった中学生が漫画家になるまで――起立性調節障害とわたし』
初出
作者によるWEBページ「千景Note」(2019年8月15日~2021年9月26日付)
単行本
『学校に行けなかった中学生が漫画家になるまで――起立性調節障害とわたし』(中央公論新社、2021)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 中学生の頃に心身の変調をきたし、学校に通学することができなくなってしまった著者による自伝マンガである。作者は22歳で、あるマンガ雑誌の月例賞佳作となって以降に発表した作品をまとめた『つきのもと』(コルク、2019)を刊行している。眩暈や記憶の欠落に苦しんできた学生時代をふりかえる回想録であり、猫の自画像で描かれている。登校時間になると寝床から起き上がれなくなってしまった経験をはじめ、同級生との間でコミュニケーションをうまくとることができなくなったこと、突然、授業内容が理解できなくなったこと、周囲の皆と同じように過ごすことができない疎外感や焦燥感、自己嫌悪など、具体的なエピソードを交えてその時の「気持ち」が丁寧に描かれている。
 看護師であった母が根気強くさまざまな病院をまわってくれたおかげで、ある耳鼻科の専門医から起立性調節障害ではないかという示唆を得たことにより状況は大きく変わっていく。実際にはその後も起立性調節障害を専門とする医師が少ないことから診療、治療に入るまでに長い時間を要することになるのだが、心身の変調を周囲に理解してもらえないことによる不安の日々、そして診断がついたことによる安堵をめぐる描写は読者の胸を打つ。

「医療マンガ」としての観点

 起立性調節障害は思春期に発症しやすいものであるが、治療法が確立されておらず、薬が効かないこともある。しかし外からは病気であると見えにくいために患者はより一層孤立してしまいがちである。当事者の視点からの気持ちが猫の自画像によるマンガによって丁寧に、かつユーモラスに表現されていることにより、同じ症例を抱えている人、家族、そして周囲が理解する上で本書は多くのことを伝えてくれる。作者は看護師であった母の支え、そして、物語をマンガで描くことが好きであったことから、通信制の高校を経て、芸術表現系の大学に進むことができたが、その後の人生においても「気分障害(鬱病)」と診断される変調にくりかえし悩まされている。人生に対し悩み続けながらも表現を通して自分らしくあろうとする作者の姿勢はグラフィック・メディスンを体現している。
 本作で示されているように、思春期における心身の変調は本人も家族も不安で疎外感を抱いてしまうものであろう。気持ちも症例も置かれている環境もさまざまであるだろうが、本書を通して心身の変調を抱えているかもしれない周囲の人たちに対する配慮に想いをめぐらせることができる。とりわけ思春期の年代と接することが多い人たちに広く読まれてほしい。

【執筆者プロフィール】

中垣 恒太郎(なかがき こうたろう)
専修大学文学部英語英米文学科教授。アメリカ文学・比較メディア文化研究専攻。日本グラフィック・メディスン協会、日本マンガ学会海外マンガ交流部会、女性MANGA研究プロジェクトなどに参加。文学的想像力の応用可能性の観点から「医療マンガ」、「グラフィック・メモワール」に関心を寄せています。