日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

精神科ナースになったわけ

入念な取材で精神科の現場がわかる

精神科ナースになったわけ
キーワード
境界性人格障害妄想幻覚精神科
作者
水谷緑
作品
『精神科ナースになったわけ』(2017)
初出
単行本に初出情報記載なし
単行本
『精神科ナースになったわけ』(イースト・プレス、全1巻、2017年)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 水谷緑は2014年の初単行本『あたふた研修医やってます。』から、現在にいたるまで『32歳で初期乳がん:全然受け入れてません』(竹書房 、2018年)や『大切な人が死ぬとき:私の後悔を緩和ケアナースに相談してみた』(竹書房 、2020年)など、医療をテーマとした作品を残している。
 2017年に刊行された本書のテーマは「精神科の看護師」。主人公は、突然亡くなった母のことを忘れるために会社での仕事に打ち込むが、あるとき「心の糸が切れ」、自分の感情がコントロールできなくなる経験をする。それがきっかけとなり心の病に興味をもち看護学校に通い精神科に入職をする。本書は、新人看護師の彼女の目を通し、精神医療の現場を見て歩くように話は進む。
 登場する患者の症状や言動、それに対する医師・看護師の対応や悩みはかなり具体的だ。これは作者の入念な取材によるものだろう。「あとがき」では、取材相手が突然音信不通になったり、いくつもの病院に取材を断られたりした苦労が語られ、精神科への取材のハードルが高かったことがうかがえる。その意味でも本書は貴重な記録だ。

医療マンガとしての観点

 精神科というと、フィクションなどで大げさに描かれることもあるためか、「正気を失った人」がいる、「大変なところ」という偏った見方がまだある。本書は、そんな見方をマンガならではの工夫で解きほぐすように描く。本書は一冊通じて1頁3段のページ構成を採る。患者が暴れたりするときも、話を盛り上げるように大ゴマにしたりせず同じコマで描き、そのあとに看護師がそれに対応する様子のコマが同じ調子でつづく。このような描き方から、精神科の現場は「大変なところ」ではなく、他の診療科同様に患者に対してしかるべき治療を淡々と行う現場の日常の雰囲気が伝わってくる。また、妄想や幻覚が出ているときの患者の脳内をトーンやイメージを駆使して視覚化し、追体験させるように描いている。妄想や幻覚は、誰もが感じる孤独や不安の延長線上にあるものとして解説され、精神科の患者がまったく理解のできない「正気を失った人」ではないことがわかる。
 このほか、患者同士で症状を語り合う治療や、患者の妄想が実際にある前提で接する治療など、一般的に知られていないさまざまな取り組みも紹介される。本書は、入念な取材とマンガならではの表現が組み合わさり、多くの人が抱いているであろう精神科のイメージを変える一冊になっている。

【執筆者プロフィール】

島村マサリ(しまむら・まさり)
編集者・ライター。20世紀の日本マンガ史とそれに関連するサブカルチャーの歴史に興味があります。