日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

おたんこナース

〈白衣の天使〉たちのあくなきトライアル・アンド・エラー

おたんこナース
キーワード
入院患者看護ケア看護師
作者
佐々木倫子
原案・取材:小林光恵
作品
『おたんこナース』
初出
『ビッグコミックスピリッツ』(小学館、1995-1998年)
単行本
『おたんこナース』(小学館、ビッグコミックス、全7巻、2000-2001年)、その他小学館文庫(全5巻)あり

作品概要

 21歳の似鳥ユキエは病棟勤務を始めて5週目の新米看護師である。看護師としての経験も知識も未熟であるが、ガッツだけはあるユキエが、やっかいな患者たちと真正面から関わり合い、看護とは何かを学んでいく姿を一話完結型で描いた作品。『動物のお医者さん』では獣医学部の学生をコミカルに描いた佐々木倫子が、青年誌である『ビッグコミックスピリッツ』において、患者たちの心と身体と向き合う新人の看護師を、彼女独特のユーモアを交えながらしかし真摯に綴っている。東京K病院には、様々な事情を抱えた扱いの難しい患者たちが次々に入院してくる。新人看護師のユキエには、当然手に負えない患者たちであるが、彼女はその負けん気で彼らと対峙し、なんとか彼らにあった看護を提供しようと奮闘する。患者たちと時に対立し、時に信頼関係を築き、そして時に彼らを見送る中で、ユキエは看護とは何かを少しずつ理解していく。最終話は、看護師2年目となったユキエが、自身の成長に気づくエピソードとなっている。成長することによって、失うものがあるかもしれないと感じつつ、彼女は次のように語ることでこの物語を締めくくる。「でも今の私も何年後かの私もきっと何かの役に立てるはずです。」取材協力者として最終巻の巻末に挙げられている人数は77名、団体数は20団体。どこかずれた人々の関わりによる洒脱なユーモアが売りの作者が、看護に関わる数多くの人々の声から「人の役に立ちたい」という真摯な思いを掬い上げた会心の一作である。

「医療マンガ」としての観点

 『おたんこナース』の医療マンガとしてのおもしろさは、主人公のユキエとやっかいな患者たちとの関わりにある。いや、より正確にいうなら、看護師や医師にとってやっかいなふるまいをし、適切な看護を拒む患者たちに、負けん気の強いユキエがめげずに食い下がり、先輩看護師たちの助けを得ながら、その問題行動の原因を追求していくプロセスにある。例えば「カルテ28明治生まれの人」で問題患者となるのは、肺炎で入院してきた85歳の島津さんである。彼は食事を取るための嚥下訓練を行うべきであるにもかかわらず、「自然に枯れていくのが儂の筋だ!」と明治生まれらしい気質でそれを断固拒絶する。ユキエは島津さんに訓練をさせるため、その「筋」とは何かを見極めようと彼の周囲と関わり、ついに彼が通いの家政婦の時田さんに想いを寄せ、彼女にみっともない姿を見せたくないがために問題行動を起こしていることを突き止めるのである。ユキエはその想いをうまく隠して島津さんをかばい、いわばその「恩返し」として彼に嚥下訓練をさせることに成功する。このように、患者それぞれの抱える秘密が解き明かされる形で、このマンガは展開していく。そもそも佐々木倫子はこのミステリ仕立ての語りのテクニックに長けており、他の作品でもしばしば用いているが、『おたんこナース』でその秘密を解き明かす原動力となっているのは、看護師たちのあくなき「トライアル・アンド・エラー」であることに着目すべきだろう。彼女らは決してあきらめない。失敗を繰り返しながらやっかいな患者を観察し、関わり続ける。しかしそれは、彼女らが「やさしい」からではない。彼女らがプロの〈白衣の天使〉であるからだ。
 『おたんこナース』は看護師に〈白衣の天使〉というイメージがつきまとうことに自覚的である。「カルテ23私たちは天使だ!」は、そのステレオタイプを超えた看護師たちの職業意識について描いたエピソードだ。「看護婦はいつでもやさしく」あるべきだと患者に言われうんざりしたユキエは、お見合いをすることにするが、結局見合い相手も看護師という職業のもつイメージから結婚を望んでいるだけだった。ユキエは「変に美化しないでください」、「病気の回復に必要だから…仕事だからやっているのよ」と反発するが、酔った見合い相手が怪我をし、それを手当てするうちに看護師の仕事は「かっこいい」ものだと再認識する。プロだからこそこの仕事ができていると気づいた彼女は、ナレーションでこう宣言する。「だからなんなら認めたってかまいません。」「私たちは天使だ‼︎」『動物のお医者さん』でそうであったように、佐々木倫子の理性はこの作品にも透徹している。患者の問題行動の原因を突き止めるのは、看護師たちのやさしさではなく、徹底的な観察と関わりであり、そのあくなき患者への働きかけこそが、プロフェッショナルな看護ケアなのだ。この作品では時に、信頼関係を築けたのかわからないまま、ユキエが患者を看取ることになるエピソードも語られる。しかし、そんな時にもこの物語が伝えるのは死への悲しみではなく、よりよい看護への希求であることを指摘しておきべきだろう。『おたんこナース』は、医者ではない看護師たちの医療行為である看護ケアが、患者との絶え間ない関わりで成立していることをわれわれに教えている。

【執筆者プロフィール】

松田 幸子(まつだ よしこ)
高崎健康福祉大学人間発達学部子ども教育学科准教授。初期近代イギリス演劇専攻。日本シェイクスピア協会、日本マンガ学会会員。 シェイクスピア作品やその他イギリス文学におけるキャノンの、現代日本のポップカルチャーにおけるアダプテーションについてマンガを題材に考察しています。