日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

Ns’あおい

理想の看護を目指して―現場に生きる看護師たちの物語

Ns’あおい
キーワード
内科挿管救急救命看護師認定看護師
作者
こしのりょう
作品
『Ns'あおい』
初出
『モーニング』(講談社、2004年19号-2010年43号)
単行本
『Ns'あおい』(モーニングKC、全32巻、2004-2010年)

作品概要

 日本有数の巨大医療グループ「清心会」本院の救急救命センターに勤務していた看護師・美空あおいが、系列のあかね市民病院の内科へ転属させられるところから物語は展開する。あかねは山形で暮らしていた高校生時代に母親をクモ膜下出血で亡くしてしまう。その際に接した看護師の姿に憧れて看護師を目指すようになった背景を持つ。あおいは看護師歴3年目であるが、救急救命からスタートしたことから同じキャリアの看護師の中では知識も経験も豊富である。そして、常に患者のことを第一に考えて行動するためにしばしば看護師としての職域を逸脱してしまう。実際に、一刻を争う局面で看護師に禁止されている医療行為(挿管)に抵触してしまったことが転属の要因となっていた。その一方、転属先のあかね市民病院は、自身の病院内での出世のことしか考えていない医師たちと、できるだけ面倒なことはせず最低限の仕事をこなすだけの看護師たちによる停滞した雰囲気が蔓延していた。その中で、常にひたむきに患者と向き合い熱心に看護師としての職務を追求していくあかねの奮闘で患者および病室の雰囲気が明るくなり、その後、医師や看護師たちの間でも現場の士気が高まっていく。
 あおいのプリセプター役を務める小峰響子は内科病棟勤務5年目の看護師であり、幼い息子を抱えるシングルマザーとして託児施設があることから現在の職場を選択している。有能でありつつも仕事に対してはドライな姿勢でいたが、あおいに感化されて、看護師になりたての頃の情熱を取り戻していく。
 内科病棟の主任看護師・大月美奈は、責任感が強く、まじめに主任の任務をこなすが、看護部の主任会の中での力関係は弱く、また、個性的な看護師たちをまとめ、新人の育成をしなければならない立場に難儀している。逸脱しがちなあおいに手を焼きながらも、看護師としてひたむきなあおいの資質を高く評価している。
 内科病棟に新人として奈良橋優紀が配属された際には、あおいがプリセプター役を務めることになる。やる気と向上心はあるが、他人からどのように評価されるかを常に気にかけており、同僚や看護師たちの間で評価が高いあおいに嫉妬している。看護師として華やかな救急救命の現場に転属したいという野心を抱くも、患者と向き合おうとする姿勢が欠落しているために危うさを秘めている。
 内科の医師たちに関しては、病院内での政治的な関係性を優先し、財力のある患者を特別扱いする医師や、医師の家系に出自をもつ坊ちゃん育ちの医師など、人間味あふれる面々が多い中、循環器を専門とするエリート内科医、織田桐人があかね市民病院に新たに救命センターを創設するために招かれる。織田は、病院の旧態依然とした体質・管理体制に疑問を抱き、電子カルテの導入など合理的な改革を進めていく。理想の看護を追求するあかねの良き理解者であり、病院内であかねが苦境に陥るたびにあかねを援助する。2人の関係性も物語の一つの柱になっている。
 病院内は医師と看護師の職域、経営の論理、看護部内でも病棟ごとの政治的力学、本音と建て前など複雑な論理が支配している。恋愛ものであったり、ギャグものであったりという看護師もののサブジャンルの中で本作は、理想に向かってひたむきに看護師としての職務をこなそうとする主人公の系譜を継承しながらも、医療現場における看護師を取り巻く制約や諸問題を看護師の視点から提起している。石原さとみ主演によるテレビドラマ版(フジテレビ系列、2006年)もある。
 さらに、作品の前日談となるあおいの看護学校時代の物語『Ns’あおい those days』も発表されている。理想の看護師像を追求する決意を固めるに至る少女の心情の変化に焦点が当てられている。ほか、地域医療を主題に据えた『町医者ジャンボ‼』(2011-15年)、救急救命の現場を舞台にした女性医師の物語『Dr. アシュラ』(2015-16年)、日本看護連盟の機関誌『アンフィニ』にて看護師の実話をもとにした長期連載作品『HANA♪うた』(2006年-)など、医療マンガを複数手がけている。

「医療マンガ」としての観点

 奮闘する看護師ものの系譜に位置づけられる作品であるが、看護にまつわる専門用語の注釈・解説がふんだんに付されているのも本作の特色となっている。作者の夫人が現役の看護師であったことが着想の源になっていることからも医療現場の実際の様子を描く姿勢が貫かれており、その分、執筆当時の状況を反映したものとはなるが、看護師を目指すあらゆる人たちにとって、看護師とはどのような仕事であるのかを的確につかむことができるだろう。女性看護師を主人公とする物語であるが、男性看護師も登場する。描かれる看護師の性格や資質もさまざまである。理想像だけではなく、それぞれの資質に合わせた看護のあり方も示されている。
 医療を取り巻く変化の中で、看護師に対する期待や役割、ケアをめぐるあり方も大きく変容している。認定看護師、専門看護師など、実際に分野に特化した資格制度も発展してきている。あおいが直面するさまざまな問題は現在の制度の中で熱心に職務に取り組む看護師が陥りがちな轍であり、あおいは何度も葛藤しながらも前向きに置かれている状況の中でできることを追求し続ける。また、夜勤などの不規則な勤務形態、過剰な労働時間、看取りなどの心理的負担にまつわる看護師の心のケア、看護師としての人生のあり方も注目すべき観点となる。理想を追求するあまり独断で行動し、逸脱しがちなあおいの行動は、チーム医療における看護師としての「正解」となるものではないかもしれない。では、現在の状況で障壁となっているのは何であるのか、看護師とは、看護師の職務とは何かを考えさせる物語である。

【執筆者プロフィール】

中垣 恒太郎(なかがき こうたろう)
専修大学文学部英語英米文学科教授。アメリカ文学・比較メディア文化研究専攻。日本グラフィック・メディスン協会、日本マンガ学会海外マンガ交流部会、女性MANGA研究プロジェクトなどに参加。文学的想像力の応用可能性の観点から「医療マンガ」、「グラフィック・メモワール」に関心を寄せています。

グラフィック・メディスン創刊準備号