日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

ナイチンゲールの市街戦

訪問看護・在宅医療をめぐる現代のナイチンゲールを探る物語

ナイチンゲールの市街戦
キーワード
ナイチンゲール在宅医療訪問看護師
作者
原作:鈴木洋史、漫画:東裏友希
作品
『ナイチンゲールの市街戦』
初出
『月刊!スピリッツ』(小学館、2014年7月号-2015年4月号)
単行本
『ナイチンゲールの市街戦』(ビッグコミックス、全2巻、2014-2015年)  

作品概要

 主人公・宮間美守は病棟看護師を3年間つとめた後、患者一人一人と向き合いたいという願いから訪問看護ステーション「さよなき」に拠点を移し、新米の訪問看護師(研修4週目)として勤務をスタートしている。「病棟」が看護師にとって「ホーム」であるとすれば、「訪問看護」は「アウェー」であり、看護を求める患者自身の家が「市街戦」としての看護の戦いの現場となる。美守は、もう一つの「シガイセン」として、屋外を移動する最中、紫外線に晒されながらも、訪問先の家から家へと自転車で渡り歩く。それぞれの現場で、ゴミ屋敷、虐待疑惑、看護師に対するセクシュアル・ハラスメントなど、生活上の問題や家族をめぐるそれぞれの事情に直面する。ナイチンゲールに憧れている主人公は看護師の理想を追求するあまり、時に公私の境目をこえて患者のプライベートな領域に入り込んでしまうこともある。訪問看護師はどこまで家庭や個人の領域、利用者(患者)それぞれの気持ちに寄り添うことができるのか。あるいは、どこで一線を引くべきであるのか。訪問看護師としてのあり方を探る物語である。

「医療マンガ」としての観点

 巻末にて「最前線で活躍されている訪問看護師」に対する謝辞が付されているように、物語の題材として現場の様子が効果的に用いられているのであろう。在宅医療・訪問看護は関心が高まっている領域であり、理想を追求し続ける献身的な主人公の奮闘ぶりを通じて、訪問看護の可能性と現状の問題点が提起されている。主人公は、常に明るく前向きで、頑張りすぎてしまう看護師の系譜に位置づけられるものであり、心を閉ざしてしまっていたり、人生に絶望してしまっていたりする利用者ひとりひとりに向き合うことで「今を生きる」手助けとなることを目指す。現実はもちろんそのような理想通りにはいかないものであろう。「ナイチンゲールの呪縛」とでも呼ぶべき、崇高な理念にとらわれること自体が現場の問題を見えなくしてしまうことすらあるかもしれない。それでもなお、理想に燃える主人公のひたむきな姿は厳しい現実を明るく照らしてくれる。病棟での看護と異なる訪問看護だからこそ、「施設にいる看護師には見えないことが見える」面がある。そして、訪問看護の他にも、ヘルパーによる身体介護、デイサービスにショートステイ、ケアマネージャーや理学療法士など、「一人の利用者には何人もの人が関わりみんなで支えている」ことによって在宅医療は成り立っている。在宅医療、訪問看護とはどうあるべきか、作中の登場人物たちの対話を通して探ることができる。

【執筆者プロフィール】

中垣 恒太郎(なかがき こうたろう)
専修大学文学部英語英米文学科教授。アメリカ文学・比較メディア文化研究専攻。日本グラフィック・メディスン協会、日本マンガ学会海外マンガ交流部会、女性MANGA研究プロジェクトなどに参加。文学的想像力の応用可能性の観点から「医療マンガ」、「グラフィック・メモワール」に関心を寄せています。