日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

ネメシスの杖

個人の責任追及かシステムの改善か、事故に際して取るべき対応を問う本格医療ミステリ

ネメシスの杖
キーワード
インハンドシステムシャーガス病テレビドラマゆうきまさみ医療事故調査山下智久新型コロナウイルス
作者
朱戸アオ
作品
『ネメシスの杖』
初出
『アフタヌーン』
(講談社、2013年3月号-2013年8月号)
単行本
『ネメシスの杖』
(講談社、アフタヌーンKC、全1巻、2013年)
『インハンド プロローグ1 ネメシスの杖』
(講談社、イブニングKC、全1巻、2019年)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 医療事故調査を行う厚生労働省「患者安全委員会調査室」。調査員・阿里(あさと)玲(れい)のもとに、ある総合病院がシャーガス病に罹患した患者を隠蔽しているとの内部告発文書が届く。阿里は調査に乗り出すが、その矢先、男性患者は死亡。男は16年前に死者7名を出した「シャーガス食害事件」を起こした食品企業の社長だった。この符合は偶然か、それとも…。上層部から事態の隠蔽を指示されるも、義手の右手をもつ天才寄生虫学者・紐倉哲の助けを借りながら独断で調査を進め、阿里は健康食品業界の利権をめぐる巨大な闇と対峙する。
 初単行本『Final Phase』(2011年)でハンタウイルスのアウトブレイクを描いた作者は、寄生虫感染症を扱ったこの本格医療ミステリで「医療マンガ家」としての地位を確立したといえよう。体制側の主人公、男女バディによる真相追求、匿名の告発、官僚上層部の圧力による不祥事の揉み消しといった要素には、ゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』の影響が見て取れる。
 本作の探偵役・紐倉を主人公に据えた後続作『インハンド』はシリーズ化され、2020年現在も『イブニング』(講談社)に連載中である。同シリーズは本作と合わさるかたちで2019年に山下智久主演でテレビドラマ化された。

「医療マンガ」としての観点

 健康食品を原因とする感染症被害を題材に、重大事故の際に個人の責任追及とそれを引き起こしたシステムの改善のどちらを優先すべきかというテーマを論じる。合理主義者の阿里は、この二項対立において決然と後者を志向し、つぎのように主張する。「人間は弱く愚かです/ですからそれを前提としたシステムを作るべきなんです(略)人間の本質的な愚かさに罰を与えても/悲劇は防げません」。紐倉も阿里への支持を明言する。「罪には罰を!のほうがわかりやすい(略)僕らは感情の奴隷だ(略)でも…/それだけじゃダメなんだ」。これらの台詞はインシデントやアクシデントの発生を前提としたシステム構築の必要性を説く至言である。
 続編となる単行本『インハンド 紐倉博士とまじめな右腕』(2016年)所収の「ディオニュソスの冠」にも少しだけ言及しておきたい。作者は本短篇で新型コロナウイルスを題材に不顕性感染者がスーパースプレッダーとなる展開を描いており、その予見性は驚嘆に値する。上述の『Final Phase』や、肺ペストのアウトブレイクを描いた『リウーを待ちながら』と併読されたし。

【執筆者プロフィール】

可児 洋介(かに ようすけ)
1980年佐賀県生まれ。マンガ研究者。中高一貫校で国語科講師として勤務する傍ら『マンガ研究』『ユリイカ』等に論文、論考を発表。文学作品論に「金史良「天馬」における身体表象」(『学習院大学人文科学論集』20号)「村上春樹「バースデイ・ガール」における語りの機能」(同21号)がある。