日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

MONSTER

〈心理学化〉した1990年代以降のポピュラーエンターテインメントを象徴するサイコスリラーの傑作

MONSTER
キーワード
外科医療精神分析臨床心理学
作者
浦沢直樹
作品
『MONSTER』
初出
『ビッグコミックオリジナル』(小学館、1994年24号-2002年1号)
単行本
『MONSTER』(小学館、ビッグコミックス、全18巻、1995-2002年、その他完全版(全9巻)あり)

作品概要

 ドイツで若き天才外科医として将来が期待されていた天馬賢三は、勤務する病院に担ぎ込まれた双子のうち、瀕死状態であった少年ヨハンの命を救う。直後、院長の毒殺など不可解な事件が発生、ヨハンも失踪する。数年後、天馬は、美しい青年に育ったヨハンと再会。それを機に、再び周りで人が死に始め、天馬はその容疑者として追われる身に。逃亡者となりながらも事件を追ううちに、天馬はヨハンと彼をめぐる巨大な悪意に巻き込まれていく……。
 当代を代表する作家による謎が謎を呼ぶストーリーは、文字通りページをめくる指を止めさせない面白さで、手塚治虫文化賞マンガ大賞と小学館漫画賞をダブル受賞した。

「医療マンガ」としての観点

 1990年代における大衆文化の特徴のひとつは、精神分析や臨床心理学の知見から人間の「メンタルの異常性」を浮き彫りにするポピュラーエンターテインメントがヒットしたことだろう。ダニエル・キースの『24人のビリー・ミリガン ある多重人格者の記録』(1992年邦訳本刊行)やロバート・K・レスラーの『FBI心理分析官 異常殺人者たちの素顔に迫る衝撃の手記』(1994年邦訳本刊行)といったノンフィクション本がベストセラーとなり、「多重人格」とか「トラウマ」とかいったことばが日常にも飛び交うきっかけを作った。
 本作でも、当時関心を集めていたアダルトチルドレンといった犯罪心理学的な知識や、神戸連続児童殺傷事件(1997年)に代表される猟奇殺人が起こった際に問われた「なぜ人を殺してはいけないのか」「命の重さは平等なのか」といった倫理学的テーマなどを巧みに取り入れている。人間の心の昏い森の中に迷い込んでいく本作の狂言回しである天馬が、メンタルの専門家である心療内科医ではなく、フィジカルの専門家である外科医であることは偶然ではない。
 いわゆる「サイコサスペンス」マンガの最高峰のひとつとみなされている本作は、大塚英志・原作/田島昭宇・漫画『多重人格探偵サイコ』(1997-2016年)と並び、そうした〈心理学化〉した社会を象徴するマンガ作品であると言えるだろう。

※関連書籍として、本作の関係者に対して行ったインタビュー集という体裁の『ANOTHER MONSTER-The investigative report-』(小学館、2002年)、作中に登場する絵本『なまえのないかいぶつ』(小学館、2008年)も刊行された。

【執筆者プロフィール】

イトウユウ
1974年愛知県生まれ。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は民俗学・マンガ研究。国際マンガ研究センター所属の京都精華大学特任准教授として、京都国際マンガミュージアム他で数多くのマンガ展を制作してきた。「マンガミュージアム研究会」として、ウェブサイト「マンガ展のしくみ」を運営。