医療マンガ50年史
プロジェクト

真夜中のこじか

小児医療の理想と現実を描き、スーパードクター物語の呪縛を問う

真夜中のこじか
キーワード:小児科、夜間診療
原作:北原雅紀(1972- )
漫画:あおきてつお(1957- )
医療マンガ作品:『真夜中のこじか』(2012-13)
初出:『ビッグコミックオリジナル』(2011-13)
単行本:小学館(全5巻)/Kindle版

作品概要

 子どもの頃に4歳の弟の病気を救ってくれた小児科クリニックの医師に憧れを抱き、自らも小児科医となった新米医師・朝比奈伴美(通称・バンビ先生)を主人公とする物語。ヒーローと仰ぐ土門医師が経営する土門小児科クリニックで勤務をはじめるも小児医療を取り巻く現場は過酷さをきわめており、24時間診療の理想を掲げていた院長の土門も病に倒れてしまう。アメリカに渡りミシガン州で小児外科医をつとめていた息子の土門健吾が帰国し、院長代理(やがて院長)としてクリニックを引継ぎ、24時間体制から夜間診療専門小児科病院として再出発する。理想主義的な父親と反発していた息子・健吾であったが、子どもの患者に寄り添うバンビの姿に感化されながら経営合理化と小児医療の改善の狭間で現実的に理想を追求していく。アメリカでの勤務経験を持つことからも、腕の良い小児外科医であり日本の医療現場を相対的に捉える視点を有している新院長・健吾の元でバンビは新米医師から経験を積み成長していく。

「医療マンガ」としての観点

疲弊する医療現場の問題を描く物語において、主人公のバンビは献身的に医師としての職務にあたる。行き過ぎも辞さないその姿勢により救われる患者がいる一方で、スーパードクター物語の呪縛は「医師の疲弊をもたらし医療制度の崩壊」をもたらす可能性についてもくりかえし問題視されている。子どもの患者に寄り添い、懐に入り込み、観察することを通して、バンビはわずかな兆候に気づき医師としての経験値を上げていく。
「少子化の影響で小児科医は採算がとれず、小児科を選びたがらない若手医師も多くなった。しかも症状を話せない赤ちゃんや診断の難しいケースも多々あり、それが誤診につながることも」あり訴訟リスクも高いとされている。少子化による病院経営の合理化により小児科の廃止・縮小が進み、子育てをめぐるコミュニティとノウハウが継承されなくなっている現実は小児医療を取り巻く問題をより厳しいものにしている。さらに、経済不況を背景にした「無保険」、子どもを取り巻く「育児放棄」などの社会問題も見えてくる。
こうした中で、「小児科医院は最後の駆け込み寺」であるという師と仰ぐ土門の教えに基づき、理想を現実に変えていく志を貫き続けるバンビの奮闘がこの作品の魅力であり、「こんな先生が小児科を支えていてくれたら」と思わずにいられない。同時に、時間外往診も辞さない、超人的で献身的な一個人の医師の努力で問題が乗り越えられていく展開は理想主義的にすぎるとも言える。異論や批判を唱える者たちも皆バンビに感化され、支える側にまわっていく。束の間の休息で温泉宿を訪れた際に地方での医療過疎の問題を目の当たりにしたバンビはやがて東日本大震災後の小児医療不足問題に立ち向かうためにクリニックを去り被災地に拠点を移すことを選択するに至る。バンビが去った後の「1年後」を描く最終話にてクリニックを親の代から継承した土門健吾が語るように、平均寿命が世界でトップクラスであり、新生児の死亡率も低いにもかかわらず「1~4歳の幼児死亡率は先進国の中で飛びぬけて高い」日本の小児医療の現状は多くの課題を抱えている。ローテーション制度により渋々小児科にまわり研修医としてバンビのもとで学んだエリート医学生がバンビの代わりに勤務する展開が示すように、理想主義的ではあるけれどもバンビの理念は継承されていく。本作品は『ブラックジャックによろしく』以後の流れを引き、現場の様々な問題を浮かび上がらせながら、夜間診療の地域ネットワーク作りを提唱するなどの社会的意義も本作品の読みどころとなる。