日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

今日から第二の患者さん がん患者家族のお役立ちマニュアル

「第二の患者」としての「患者の家族」に目を向けるエッセイマンガ

今日から第二の患者さん がん患者家族のお役立ちマニュアル
キーワード
大腸がん患者の家族看病第二の患者闘病エッセイマンガ
作者
青鹿ユウ
作品
『今日から第二の患者さん がん患者家族のお役立ちマニュアル』
初出
pixivコミック「ヒバナ」(2016年8月22日配信-2017年3月13日配信)
単行本
『今日から第二の患者さん がん患者家族のお役立ちマニュアル』(小学館、ビッグコミックススペシャルヒバナ、2017年)

作品概要

 初めての連載が終わったばかりの新人マンガ家ユウは、結婚を間近に控えた入籍の前日に、同じマンガ家である婚約者(オット君・仮)から大腸がんを告白され、新婚生活のスタートと同時に家族を看病する立場となる。がん患者の家族は相当の負担や苦しみを感じるものであり、それまでの日常とは生活も大きく変容せざるをえなくなるが、患者本人ではないためにその負担や心労について配慮がなされることは少ない。家族の間であっても、病に苦しむ患者からむき出しの感情をそのままぶつけられたり、周囲からは患者を献身的に支えることを過度に期待されたり、知らず知らずのうちに自らも無理を強いてしまいがちである。患者の家族もまた、患者と同じぐらい日常に対する影響が出ることから、患者同様にケアされるべきであるという「第二の患者」という概念がある。この概念に基づき、患者に寄り添う家族という観点からではなく、ケアされるべき「第二の患者」として患者の家族がとりあげられているのが本作の特色になっている。

「医療マンガ」としての観点

 第二の患者である「患者の家族」は、献身的な看護の姿勢を保とうとするあまり鬱病になりやすいと言われている。実際に、本作の語り手ユウも、夫に対して献身的でありたいという思いを持ちながらも、不安を抱えてしまうことで情緒が不安定になりがちである。家族の健康面での不安に加えて、治療・入院代など経済的な問題も深刻であるが、看病やさまざまな対応のために自分自身の仕事にも支障が出てしまう。生活への変化は突然訪れるが、気持ちや考えが対応できないまま、手続きしなければならない書類や、決断しなければならない選択は膨大にある
 疾患を抱えた家族を持つ視点から描いた闘病エッセイマンガの代表作として、細川貂々『ツレがうつになりまして。』(2006年)を挙げることができるが、本作の主人公はあくまで、疾患を抱えた家族を持つ「第二の患者」自身である。患者である家族に対して気を遣うあまり、看病や気疲れで家族もまた心身ともに衰弱してしまうものだ。お互いに心に余裕がなく不安が多いために、ついギスギスしたやりとりも生じがちである。そういった「第二の患者」である家族が抱く気持ちの揺れ動きが丁寧に描かれている。「第二の患者」は実際には、患者そのものではないために、直接治療を受ける機会はない。この作品の初出はウェブでの連載によるものであり、読者からの好意的な反応で「私は孤独じゃない」と思うことができたと記されている。マンガを媒介に、辛い思いを抱えているのは「ひとりじゃない」と実感できるところに、本作の医療マンガとしての意義がある。巻末には、闘病の当事者であるがん患者「オット君」のエッセイマンガも付されている。

【執筆者プロフィール】

中垣 恒太郎(なかがき こうたろう)
専修大学文学部英語英米文学科教授。アメリカ文学・比較メディア文化研究専攻。日本グラフィック・メディスン協会、日本マンガ学会海外マンガ交流部会、女性MANGA研究プロジェクトなどに参加。文学的想像力の応用可能性の観点から「医療マンガ」、「グラフィック・メモワール」に関心を寄せています。 

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