日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

くも漫。

まさかの風俗店での発症から始まる、笑いと涙のくも膜下出血闘病記

くも漫。
キーワード
エッセイマンガくも膜下出血ユーモア痛みの視覚化脳血管攣縮
作者
中川学
作品
『くも漫。』(2014~2015)
初出
単行本に初出情報記載なし
単行本
『くも漫。』(リイド社、全1巻、2015)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 TVドラマ化もされた『僕にはまだ友達がいない』(KADOKAWAメディアファクトリー、2012)など、エッセイマンガ家として活躍する中川学がデビュー以前のくも膜下出血の経験を回想して描いた本作。リイド社のWebマガジン「トーチweb」で2014年から翌年にかけて連載されたのち、2017年には小林稔昌監督の手で映画化もされている。
 風俗店でのプレイ中、絶頂を迎えようとした瞬間にくも膜下出血で倒れるという稀有なシチュエーションから、病院へ救急搬送されなんとか一命をとりとめた作者。集中治療室で後遺症につながる脳血管攣縮の可能性に怯えながら過ごす一方、風俗店で倒れたという事実を家族や親戚に対してどうやって隠し通すかにも頭を(なるべく脳に負担をかけないようにしつつ)悩ませる姿が、コミカルに描かれる。生死の境を彷徨うような経験をしつつも、生き延びた以上はプライドや外面にも囚われ続ける、そんな卑近な葛藤が読者の共感と笑いを誘うだろう。そしてそれゆえに、終盤の「いいんだ男なんだから/みんな恥かいて生きてるんだ」という作者の父の言葉が読者の心にも沁みることとなる。
 また巻末には脳神経外科医の手による、くも膜下出血の概要から症状、診断・治療、予後や予防までを簡潔にまとめた解説も収録。

「医療マンガ」としての観点

 年間2万人前後が発症し、その3分の1は死亡するというくも膜下出血。その経験者が発症から治療、退院までを自らの手で描いたという点で特徴的な作品だ。
 手術後2週間以内に起こりうる脳血管攣縮を事あるごとに恐れる心理の描写もさることながら、とりわけその体験者ならではの筆致は、くまモンならぬ「くもマン」というキャラクター化まで駆使して、発症に伴う激烈な痛みをさまざまなマンガらしい視覚的比喩によってなんとか表現しようという悪戦苦闘ぶりになによりも現れている。痛みそのものはもちろんページを飛び出して読者へと伝わることはないが、コミカルな筆致へと徹しているにも関わらず、その恐ろしさはじゅうぶん伝わるだろう(少なくとも、本レビューの筆者は恐れ慄いた)。
 また、家族へ「風俗店で倒れた」という恥ずかしい事実を隠し通したいがための内心の葛藤や、術後12日目にして再び勃起し、発症経験のトラウマに怯えながらそれを乗り越えようとひそかに病室で自慰行為へ励む場面も読みどころだ。このように大病しようとも尽きることのない生への欲望、社会的存在としての人間の姿を赤裸々に、ユーモアをもって描いていることも、自らの病の経験を語った「医療マンガ」としての本作の達成点だろう。

【執筆者プロフィール】

雑賀 忠宏(さいか ただひろ)
1980年、和歌山県生まれ。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了、博士(学術)。現在、京都精華大学国際マンガ研究センター委託研究員。「文化生産の社会学」の視点から、社会関係としてのマンガ生産やマンガ家に対する社会的なまなざしや、その表象の変遷に関心を持つ。