日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

コウノドリ

「情報」と「情動」を融合させた医療物語の発展形―命をめぐる産婦人科のドラマ

コウノドリ
キーワード
NICU新型出生前診断(NIPT)新生児科未受診妊婦無痛分娩産婦人科
作者
鈴ノ木ユウ
作品
『コウノドリ』
初出
『モーニング』(講談社、2012年34号-2020年23号)
単行本
『コウノドリ』(モーニングKC、全32巻、2013年-2020年)

作品概要

 聖ペルソナ総合医療センターに勤務する産婦人科医師・鴻鳥サクラを軸に、産婦人科を訪れるさまざまな患者および医療従事者自身のドラマに焦点が当てられている。出産をめぐる医療のあり方、妊娠や中絶にまつわる患者たちそれぞれの背景など家族や生命の尊さ、社会問題などが浮かび上がってくる。
 主人公である鴻鳥サクラは、産婦人科医として、その冷静で的確な判断力からチームの中心的な存在である。同時に、匿名でジャズピアニストとしての活動も行っている。シングルマザーとして出産に臨んでいた母親が、子宮頸がんによりサクラを出産後死亡してしまったことから児童養護施設に引き取られる。サクラ自身が児童施設で育ち、複雑な背景を持つことからも、医師としての専門的な助言を提供し、時に苦言を呈しながらも患者自身の気持ちに寄り添い、選択を尊重する姿勢を貫いている。出産の領域ではさまざまな選択を患者自身が迫られることになるが、いずれの選択も誤りということではない。産科医としてのサクラは、命・人生をめぐる多様性に向き合い続けている。
 一方、同僚である産科医・四宮ハルキは、患者の意向にとりあわず、常に命を救うことを最優先にした医療方針を示すのだが、その冷徹であるかのような事務的な姿勢から患者の評判はよくない。姿勢の異なる医師を配置し、議論を交わす場面を導入することによって、産婦人科における医師としてのあり方について考えさせる構図になっている。
 四宮は、かつて自分が担当していた患者の喫煙を止められず、出産に臨んだ際に大量出血により死亡、取り上げた子どもも重度の脳性麻痺となってしまった一件が尾を引いており、そこから患者の意向を尊重することよりも、患者の命を救うことを最優先に扱うように変化し、感情を表に出さないようになった背景が明かされる。患者に対するふるまい方など、サクラとは対照的な姿勢である四宮はライバルとなる存在であるが、親が医師である恵まれた環境から自然に医師を目指した四宮にとって、児童養護施設出身である理想の産科医を公然と目指すサクラに対し、「はじめて会ったときからずっと嫉妬して」いた存在でもあった。
 さらに、女性医師である下屋カエや、黒髪のお団子頭がトレードマークの助産師の小松ルミ子、経営重視ながら人間味もある院長、研修医の赤西ゴローらに加え、新生児科、NICU(新生児特定集中治療室)、麻酔科、救急救命科、メディカル・ソーシャルワーカーなど、チーム医療の現場としての産婦人科とその周辺領域のスタッフそれぞれの人生観、医療従事者としての理念にも目配りがなされている。
 第40回講談社漫画賞(一般部門、2016年)受賞作。2015年にテレビドラマ化(TBS系列、主演:綾野剛)され話題となり、医療ドラマのブームを牽引した。2017年には続編も放映されている。医療現場をできるだけ忠実に再現することを目指し、生後間もない赤ちゃんの出演などリアリティを重視した演出により医療ドラマの新しいブームを牽引する役割をはたした。

「医療マンガ」としての観点

 産婦人科を舞台にしたドラマとして、産婦人科を訪れる患者たちそれぞれの人間模様が描かれる。未受診妊婦、予定外の若年妊娠、家族の問題(DV)など家庭や個人の事情、産後うつ、流産や死産、無脳症、性感染症や母子感染症、子宮頸がん、無痛分娩の方法など出産にまつわるさまざまな状況のほか、不妊治療、養子縁組など出産を望みながら子宝にめぐまれない人たちなど、産婦人科でくりひろげられているひとつひとつの物語が描きこまれている。また、長期シリーズとなる中で離島医療や災害医療などを扱ったエピソードも盛り込まれ、さらに新型出生前診断(NIPT)および認定遺伝カウンセラーなど最新の状況もとりあげられている。
 綿密な取材に基づく制作過程や医療監修により医療現場を詳細に描く「情報」と、描かれるさまざまな人生の物語を演出する「情動」との融合の観点から、『コウノドリ』は医療マンガの代表作となりうるものだ。データと医学的根拠に基づいた「一般論」を重視する傾向が進む中、患者およびその家族にとっては一般論に収まりきらない「個人」の物語を求める期待も同様に高まっている。産婦人科はプライベートな領域であり、治療に軸を置く医療においても妊娠・出産の領域は「医療」や「病を治す」領域を凌駕する特殊性を併せ持つ。妊娠・出産をめぐるさまざまな人生をめぐるドラマを医療従事者の苦悩や社会の反応なども交えながら描く『コウノドリ』に、「情報」と「情動」を融合させた医療マンガならではの物語構造の発展形を見ることができる。
 妻の出産に立ち会った際の感動的な体験が物語の着想になっており、その際に誕生した息子が単行本にイラストを寄せている。妻の主治医である産婦人科医が主人公のモデルになったとも言われる。また、作者はミュージシャン(ヴォーカル&ギター)としての経歴を有しており、エピソードの番号は「Track」で通番が振られている。ジャズピアニストでもあるサクラが言葉にできない想いを音楽で表現する場面をはじめ、物語の中で音楽がはたしている役割も大きい。

【執筆者プロフィール】

中垣 恒太郎(なかがき こうたろう)
専修大学文学部英語英米文学科教授。アメリカ文学・比較メディア文化研究専攻。日本グラフィック・メディスン協会、日本マンガ学会海外マンガ交流部会、女性MANGA研究プロジェクトなどに参加。文学的想像力の応用可能性の観点から「医療マンガ」、「グラフィック・メモワール」に関心を寄せています。

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