Review
医療マンガレビュー

こちら椿産婦人科

女性の身体と性をユーモアと愛情をもって描く

こちら椿産婦人科
キーワード:生殖、女性の身体、レディース・コミック、コミカル、ユーモア、赤ひげ、周産期医療、生殖医療、人工妊娠中絶、不妊治療、地域医療、開業医
作者名:あまねかずみ
作品:『こちら椿産婦人科』
初出:『OFFICE YOU』(集英社、初出情報記載なし)
単行本:『こちら椿産婦人科』(集英社、ユーコミックスデラックス、全26巻、1990-2001年)

作品概要

 人情派の産婦人科医・椿万作の医院を訪れる女性たちの人生模様を描く。万作の妻・彩も主要人物として登場し、作中、万作との恋愛・結婚・出産・育児のエピソードが織り込まれる。結婚後に助産師を志し、専門学校を経て助産師として活躍する彩の視点を通じて、働く妻や母親像を提示している。後に同じ『YOU』で連載される『研修医ななこ』など、女性向け医療マンガのジャンルを開拓した作品。それまでは、マンガの中でも、とかく影がありシリアスな存在だった産婦人科を、温かな視点とコミカルなトーンで描いた点は画期的であった。

「医療マンガ」としての観点

 とりわけ作品の初期段階では、不倫・犯罪・家庭内暴力、拒食症、嫁姑問題など社会問題をテーマとして、女性たちが我が身を犠牲にして愛を守ろうとする姿が描かれる。そうしたシリアスなテーマは、ほぼ同時期に登場した『いのちの器』(上原きみ子、秋田書店)と共通しているが、本作品は、性愛を過度にロマンティックに描くことをせず、夫婦のセックスシーンも愛情のあるコミカルさで描かれている点が大きな特徴である(これは、連載誌・月刊『YOU』が、レディースコミックでありながら、過度なセクシャル路線を脱し、少女漫画のような純粋さも保ちつつ、しかし大人の女性の視点を描くという新しいジャンルを確立しつつあったこととも連動しているだろう)。多くの医療マンガが、従来の少年少女/青年マンガ、劇画・ギャグマンガといった領域を越境する、いわばニッチな部分に誕生したことを、いち早く体現した作品である。
主人公の椿万作は、赤ひげを思わせる熱血派だが、コミカルな優男でもあるといった80年代風のキャラクター設定。万作と悪友の平藤は二人して風俗好きだが、女性たちも腹を立てながらも許容するなど、レディース・コミックというジャンルを最大限に活かして、(女性向けに理想化されているにせよ)男性としての日常が描かれた医師像にも注目したい。社会問題への眼差しは2020年の現在から見ると隔世の感があるが、人間賛歌としての医療マンガが、この作品から女性向けコミックに広がっていたことを記憶しておきたい。

【執筆者プロフィール】

杉本 裕代(すぎもと ひろよ)
東京都市大学共通教育部専任講師。アメリカ文学・ジェンダー研究専攻。コミュニケーションの観点から文学を実践的に活用する取り組みに関心を抱いています。英語で絵本を作成するプロジェクト「Small Stories」や家族・子どもを対象にした科学実験イベント、「南青山映画祭」などの企画運営に携わっています。