日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

ヘルプマン!

高齢化社会における介護現場の問題を諷刺的に描く先駆作

ヘルプマン!
キーワード
介護社会諷刺マンガ認知症高齢化社会
作者
くさか里樹
作品
『ヘルプマン!』
初出
『イブニング』(講談社、2003年第11号-2014年第20号)
単行本
『ヘルプマン!』(イブニングコミックス、全27巻、2004-2014年)

作品概要

 本作は介護現場における問題をマンガでとりあげた先駆作であり、第40回日本漫画家協会賞受賞作(2011年)である。その後もシリーズが続き、20年近くにわたって介護をめぐる現在を描き続けている。猪突猛進型の主人公の青年が特別養護老人ホームにて老人介護に奮闘する物語であり、凄惨なまでに厳しい介護の状況、介護虐待の現実、保険制度や介護職員の待遇など、複雑に絡みあう現場の問題を広く知らしめるのに貢献した。後に発表される『ヘルプマン!! 取材記』(朝日新聞出版社、全6巻、2018-2020年)自体はフィクションの物語であるが、製作にあたり綿密な取材が礎になったことが『取材記』の着想の源になっている。シリーズ全体を通して、介護者、家族、本人などさまざまな視点から介護をめぐる状況を捉えてきた。
 主人公の恩田百太郎は落ちこぼれの高校生であったが、卒業が間近になっても進路が決まらないままであった。高校を中退して老人ホームに勤める決断をした親友の神崎仁から、「老人介護は不況に喘ぐ日本を救う唯一の未来産業」となる話を聞かされるも、百太郎は今一つ、介護産業のイメージを掴めないでいた。百太郎の一家は祖母と同居しており、高齢者は身近な存在であったが、百太郎の祖母は孫の百太郎に対しても厳しく接しており、介護とはほど遠く元気である。その後、百太郎は徘徊している一人の老人に遭遇し、老人が入居している特別養護老人ホームまで連れていくことになる。事故防止を理由に身体拘束が行われているなど、施設で見た光景に衝撃を受けた百太郎は、神崎と同様に高校を中退し介護の仕事に進むことを決意する。百太郎は介護や福祉に対する知識や領域をこえて、目の前で支援を求める人との直接的な繋がりを第一に考え行動する。現場の状況と乖離した制度上の不備などさまざまな障壁に何度もぶつかるが、理想と現実の間で葛藤を抱えながらも、明るさと実行力で乗り越えようとするそのひたむきな姿勢に周囲も感化されていく。作品が長期化していく中で、もともと百太郎が介護の道に進むきっかけを与えてくれた神崎は、介護士、ケアマネージャー、社会福祉士、さらにNPO法人を設立していくなどキャリアを積み重ねていく。
 その後も発表の舞台(出版社)を移し、『ヘルプマン!!』(朝日新聞出版社、全10巻、2015-2018年)として継承された後、新聞記者を主人公に視点を変えて、『ヘルプマン!! 取材記』では介護現場の外側からその世界を捉えることを試みている。地方新聞の生活部記者である鯱浜良平(トドハマ)は、スクープをあげて社会部への栄転を目指そうと躍起になっている俗物であるが、第三者の視点を交えることによって、介護現場をめぐるさまざまな障壁が浮かび上がってくる。ほか、『ヘルプマン!! 取材記』では、介護インターンシップ型自立支援プログラムや、「インフォーマルケア」と呼ばれる介護保険外サービスを提供する青年実業家のエピソード、介護保険法が施行された2000年より8年前となる1992年、老人保健法が改正された頃の物語など、介護をめぐるさまざまな状況や問題に目が向けられている野心作であるが、『ヘルプマン!! 取材記』は全6巻のうち、4巻以降は電子版のみの刊行となった。最新作となる『新生ヘルプマン―ケアママ!』(朝日新聞出版社、既刊1巻、2020年-)では、訪問ヘルパーとして働くシングルマザーを主人公とする物語が展開されている。また、舞台化(2010年、2017年、ともに脚本・演出:なるせゆうせい)もされている。

「医療マンガ」としての観点

 作者は高校卒業後、マンガ家としてデビューする前に通所授産施設(知的障害者が仕事に通うための施設)に職員として勤務していた経験がある。はじめはどのように接していいか戸惑ったこともあったが、豊かな個性と触れ合っていく中で、障害者としてではなく、一人の人間同士として向き合うことができた経験が現在までに至る創作の源になっているという。『ヘルプマン』シリーズもまた、介護の現場を舞台にした人間をめぐるドラマとして捉えており、色濃く人間関係が凝縮される舞台こそが介護の現場である。その意味で、確かにこの作品は介護マンガであると同時に、人間模様、人間関係を描くドラマとして普遍的な力を持つ。
 医療マンガの観点からは、たとえば、「認知症編」(『ヘルプマン!』、第11-12巻)において、当事者の視点から記憶の欠落が生じる恐怖を描いている点に特色がある。自分の記憶に自信をもてなくなる事態は自我が崩壊してしまいかねない根源的な恐怖であるにちがいない。突然、目の前に穴が空いてしまうような不安に駆り立てられ、立ちすくんでしまう場面などの心象風景が描かれている。身内であっても、「なぜ当たり前のことができなくなってしまうのか」と問い詰めてしまいがちであるが、マンガの表現を通して、「当たり前のことができなくなってしまう」当事者に心を寄り添わせることができる。とはいえ、もちろん介護は綺麗ごとではすまない世界であり、家族など身近な人たちをも巻き込み皆が消耗してしまいかねない。少子高齢化が急速に進む日本社会において、老いのあり方および老いをめぐるさまざまな問題は私たち自身の課題となるものだ。
 主人公や設定に変更を加えながら継続されている長期シリーズであり、介護をめぐる社会状況を改善していく上で影響をおよぼす役割もはたしながら、介護をにまつわる諸問題を提起し続けている。

<参考文献>
「漫画家くさか里樹さん インタビュー」『介護コンサルタント ねこの手』HP(2007年3月26日付)

【執筆者プロフィール】

中垣 恒太郎(なかがき こうたろう)
専修大学文学部英語英米文学科教授。アメリカ文学・比較メディア文化研究専攻。日本グラフィック・メディスン協会、日本マンガ学会海外マンガ交流部会、女性MANGA研究プロジェクトなどに参加。文学的想像力の応用可能性の観点から「医療マンガ」、「グラフィック・メモワール」に関心を寄せています。

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