日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

はっぴーえんど

在宅での最期を選択した患者たちと向き合う医師の目を通して終末期医療のいまを問う

はっぴーえんど
キーワード
僻地医療免疫療法国境なき医師団在宅医療地域医療終末期医療緩和医療開業医青年マンガ
作者
著者:魚戸おさむ
監修(原案):大津秀一(緩和医療専門医)
作品
『はっぴーえんど』
初出
『ビッグコミック』
(小学館、2017年第1号-2020年第6号)
単行本
『はっぴーえんど』
(小学館、ビッグコミックス、全9巻、2017-2020年)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 日本のマンガは戦後ベビーブーマー世代とともに青年化した。1964年、貸本劇画誌の流れを汲む『月刊漫画ガロ』(青林堂)創刊。その後、60年代後半に青年向けマンガ誌が続々創刊された。67年の『COM』(虫プロ商事)、『週刊漫画アクション』(双葉社)、『ヤングコミック』(少年画報社)に続いたのが、68年の創刊号に手塚治虫、石ノ森章太郎、白土三平、水木しげる、さいとう・たかをら錚々たる顔ぶれを揃えた『ビッグコミック』(小学館)である。
 それから半世紀。デューク東郷は歳をとらないが、『ビッグコミック』の読者は高齢化した。そのターゲット層は家族の最期をどのように看取るか、自身の最期をどのように迎えるかという問題の当事者にほかならない。
 主人公は38歳の医師・天道陽(あさひ)。「慶帝大学」医学部の外科医だった天道は、治療に拘るあまり亡き妻を抗癌剤で苦しませた後悔から、幸せな最期とは何か、医師は患者の最期にどう向き合うべきか、その答えを探しはじめる。南スーダンでの国境なき医師団と与論島での僻地医療を経験し、現在は函館市に在宅診療所を開設。看護師・吉永小百合とともに在宅での最期を望む患者たちと向き合っている。
患者の大半は市井の人々であり、描かれるのはありふれたささやかなドラマであるが、その平凡さこそが読者の共感と感動を呼び起こす。『家裁の人』などで知られる大家らしい熟練の技が光る大衆文芸である。
 終盤は、わけても瞠目に値する。最終巻の前半ですべての伏線を(天道がご当地アイドルグループの熱烈なファンだという設定すら)回収し、最終エピソードで作者本人と思しきマンガ家を患者として登場させ、職業人としての矜持を表明するとともに、天道が考えつづけてきた問いにひとつの答えを提示してみせる。

「医療マンガ」としての観点

 終末期の患者とその家族に寄り添う医療介護従事者らは天道を筆頭に概ね模範的であるし、救いや希望が用意されているため、各話とも読後感は悪くない。しかし、本庶佑氏がノーベル医学生理学賞を受賞し、癌の免疫療法が脚光を浴びた2018年発表の「遠い雷鳴」(5巻所収)は異色である。自宅での穏やかな死を希望していた末期癌の中年男性は両親たちの「藁にもすがる思い」を酌みとり、緩和ケアを中断して保険診療外の免疫療法を選択した挙句、取り返しがつかないほどに病状を悪化させてしまう。黒い雲に覆われ、遠い雷鳴が鳴り響く最終コマの余韻は、重く哀しい。

【執筆者プロフィール】

可児 洋介(かに ようすけ)
1980年佐賀県生まれ。マンガ研究者。中高一貫校で国語科講師として勤務する傍ら『マンガ研究』『ユリイカ』等に論文、論考を発表。文学作品論に「金史良「天馬」における身体表象」(『学習院大学人文科学論集』20号)「村上春樹「バースデイ・ガール」における語りの機能」(同21号)がある。

グラフィック・メディスン創刊準備号