日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

ゴッドハンド輝

記録的な長期連載となった大ヒット作が描くドラマチックな理想の医療

ゴッドハンド輝
キーワード
全身科医(ジェネラリスト)外科
作者
作:山本航暉
原作協力・構成監修:天碕莞爾※KC24巻から記載
作品
『ゴッドハンド輝』
初出
『週刊少年マガジン』(講談社、2000年第33号-2011年第45号)
単行本
『ゴッドハンド輝』(講談社、講談社KC、全62巻、2001-2012年、その他講談社漫画文庫版(全31巻)、Kindle版あり)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 数多の名医を擁する総合病院・安田記念病院に就職した新人外科医・真東輝(まひがし・てる)は、ドジでそそっかしく、知識や技術も未熟だが、患者さんを想う気持ちは人一倍。そんな彼には、幼少期に航空機墜落事故に遭った過去がある。「奇跡の手(ゴッドハンド)」を持つ天才外科医と呼ばれた父が、瀕死の状態で行った決死の心肺蘇生術により、絶望的な状況でただ一人生き残ったのだ。
 数々の命を救った父から受け継いだ「誰も死なせない」という強い想いがそうさせるのか、輝は患者の生命の危機を目前にすると、スイッチが切り替わったように尋常ではない集中力を発揮し、先輩医師たちをも圧倒する鋭い観察眼とひらめき・冴えわたるテクニックで命を繋げていく。しかし、経験の足りない新人医師にできることは限られる。輝の前には次々と難題が立ちはだかるが、彼の「患者の生命を第一に考える医師の心」を見込んで病院に招いた院長の安田潤司や、圧倒的な技術を持つ外科部長の北見柊一らに薫陶を受け、また経験豊富な同僚・四宮慧をはじめとするライバルたちと切磋琢磨することで、父の背中を追うように少しずつ成長していく。その過程で内科や形成外科など外科以外での治療や、地域に根差した診療所での医療に刺激された輝は、父のような「ゴッドハンド」の外科医を目指す一方で、患者の異変や不安をあらゆる角度から診断できる全身科医(ジェネラリスト)への道を歩み始めるのであった。
 医療マンガとして、掲載誌である「週刊少年マガジン」はもちろん、少年マンガ史上最多巻数を誇る屈指のヒット作。2009年には実写ドラマ化された。

「医療マンガ」としての観点

 父による心臓マッサージの手形が残る胸、命の危機を目前にして覚醒する能力などなど、主人公のキャラクター設定からしてドラマチックな本作は、医療シーンにおいても少年マンガらしい派手な演出が多い。「黄金の左手」や「氷凍(こおり)のメス」といった二つ名を持つ天才医師(ゴッドハンド)たちが登場し、華麗に外科手術を行うさまは、必殺技が登場するバトルマンガの熱気を彷彿とさせる。ただし、そういった華々しさは本作の一面に過ぎない。医療マンガとして記録的な長期連載の中で繰り返し、徹底して描かれるのは、主人公や仲間たちの挫折と成長である。ひとつ知識や技術を得れば、すぐ次の超えるべき頂が見える…というように、輝は愚直なまでに自身の不足にまっすぐ向き合い続ける。さまざまな医師や医療関係者、患者との出会いを通して、いつしか「覚醒」を必要としない、いつでも最高の医術を提供できる医師に成長していくのは、長期連載だからこそ描けた極地だろう。そして患者の幸福を第一に邁進し続けるその姿は、まさに理想の医師そのものだ。
 さて、医療マンガの花形といえば「外科」で本作の主眼もそこにあるが、「ゴッドハンド輝」が成した功績に、一般的にはあまり知られていない分野や、スポットが当たりづらい医療関係者を作中に積極的に取り上げたことが挙げられる。内科で行われる診断の重要性、麻酔科医が手術や外来でなぜ必要とされるか…といった医科ごとの紹介から、看護師や理学療法士、臨床薬剤師に栄養士など医師とチームを組んで治療に当たる人々の活躍をはじめ、救急救命士や臨床工学技士の誇り高い仕事人ぶりも描き、時には製薬会社の営業担当が物語の中心になることも。病院医療に関わる人々の幅広さと、それぞれの重要な役割を伝える本作に通底するのは、医療人賛歌だ。また、そういったさまざまな分野の専門家からの学びを経て、輝がジェネラリストを目指すようになる過程も非常に感動的である。
 もうひとつ、本作の重要な要素が「情報マンガ」としての側面だ。生命がかかった大掛かりな手術や敵対する巨大医療コンツェルンとの闘いが物語の中心で描かれる一方で、巻き爪や寝違えの治し方、古武術を応用した介護体術など、日常に役立つ非常に身近な「家庭の医学」的情報が度々紹介される(寝違えの治し方はネットでも大きな話題になったようだ)。また、10年に及ぶ連載の中で、医療の常識が変われば柔軟に対応し、新しい情報を作品に取り入れている。たとえば、外傷の湿潤療法を取り上げた回などが良い例だろう。常に進化し変化を続ける医療の世界を取材して、週刊連載に反映していくのは大変な仕事であったはずだ。全巻を通して読むと、10年間の医療の進歩や意識の変化を明確に感じ取ることができ、著者の真摯な姿勢に改めて敬服する。
 「ゴッドハンド輝」で描かれるのは患者に寄り添う理想の医療の姿である。そして、リアルと虚構の絶妙なバランスで成り立つ物語の中に、劇的な治療や凄みのあるテクニック、医療者の苦悩に患者のドラマ、医学情報に主人公の成長と、医療マンガの面白いところすべてを詰め込んだ本作は、理想の医療マンガであると言えるだろう。

※続編に、コロナ禍に焦点を当てた短期連載『ゴッドハンド輝~沈黙のコロナ2020~』(講談社、2020年)がある。

【執筆者プロフィール】

石井 茜(いしい あかね)
学芸員。山口大学人文学部卒業。2013年、北九州市漫画ミュージアム入職。企画・研究・保存事業等に携わる。担当企画展に「シティーハンターのすべて」など。2019年から北九州市立大学非常勤講師を務める。