日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

現実逃避してたらボロボロになった話

破滅型私マンガ家は急性膵炎の闘病マンガの執筆を通して描くべきテーマを発見する

現実逃避してたらボロボロになった話
キーワード
ADHDアルコール依存症アルコール性急性膵炎エッセイマンガ私マンガ脂肪肝
作者
永田カビ
作品
『現実逃避してたらボロボロになった話』
初出
描き下ろし
単行本
『現実逃避してたらボロボロになった話』(イースト・プレス、2019年)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 鈴木登美は、私小説に関する言説を研究した『語られた自己』(2000年)において、日本では「私小説」なるものがきちんと定義されたことはなく、あるのは「私小説言説」だけだと指摘した。要するに「私小説」とはモードにすぎず、読者が「私小説だ」と思えばそれが「私小説」になるということである。
 イースト・プレスを版元とする本作は通常「エッセイマンガ」だと認知されていよう。一読して内容が把握できそうなタイトルも、なるほどジャンルの特徴と合致する。しかし、「エッセイ」と「私小説」の間に自明の区分が存在しない以上、読者は「私マンガ」として読む自由を保持している。じつはこの自由の行使こそが永田作品を楽しむためのコツなのである。処女作の英語版が2018年に権威あるハーベイ賞マンガ部門賞を受賞するなど永田のマンガは日本よりも海外で高く評価されているが、その理由はおそらくこの読者の認識の違い、受容される文脈の差異にかかわるはずである。
 ADHDを自認する31歳の女性がアルコール性急性膵炎と脂肪肝の闘病生活を赤裸々に描いた「エッセイマンガ」を、半ば実用書として読むことでなにがしかの気づきや学びを得ようと期待する賢明なる読者諸氏には、本書をお薦めしない。主人公は患者としてお世辞にも模範的とは言いがたいうえ、主人公兼語り手が自ら「マンガ家」たりうるか否かをマンガによって問い返す、一見不毛とも思える作業が本書後半を占めるためである。作者が人生を賭すべきテーマを見つけ出す、その葛藤の一部始終を目撃しようという読者は、好事家のみで十分である。

「医療マンガ」としての観点

 平野謙は『芸術と実生活』(1958年)で、私小説は実生活と芸術の二律背反によって「調和型」と「破滅型」、二つのタイプに分かれると定式化した。この区分に従えば、長らく断筆状態にあるつげ義春(本作中「ねじ式」への言及がある)、アルコールに溺れて死期を早めた吾妻ひでおといった「破滅型私マンガ」の系譜に作者も位置づけられる。
 平野によれば、「破滅型」の作家は芸術のために私生活を破壊せざるをえないという。この観点から、本作の最もスリリングな箇所を挙げておこう。執筆の構想を練る主人公(作者)がオチに悩むあまり、脳裡に「再発して再入院」する発想がよぎる場面である。面白いマンガを描くためなら身の破滅すらも辞さない芸術至上主義者の魂の深淵を垣間見ることができる稀有な「医療マンガ」である。

【執筆者プロフィール】

可児 洋介(かに ようすけ)
1980年佐賀県生まれ。マンガ研究者。中高一貫校で国語科講師として勤務する傍ら『マンガ研究』『ユリイカ』等に論文、論考を発表。文学作品論に「金史良「天馬」における身体表象」(『学習院大学人文科学論集』20号)「村上春樹「バースデイ・ガール」における語りの機能」(同21号)がある。