日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

エマージング

架空のウイルス感染症「日本出血熱」の出現を描いた21世紀の『デカメロン』

エマージング
キーワード
アウトブレイクエボラ出血熱エマージングウイルス抗体臨床医血清
作者
著者:外薗昌也
監修:中原英臣
作品
『エマージング』
初出
2004年43号-2005年2・3合併号
単行本
『エマージング』(講談社、モーニングKC、全2巻、2004年)
『エマージング』(講談社文庫、上下巻、2009年)
『エマージング 完全版』(講談社プラチナコミックス、全1巻、2012年)
『エマージング 完全版 アンコール刊行』(講談社プラチナコミックス、全1巻、2015年)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 繁華街の雑踏で一人の男が大量の血を撒き散らして謎の死を遂げる。検死をした医師の小野寺と関口は、死因をウイルス性の感染症だと推定する。その頃、不審死の現場に居合わせていた女子高生・岬あかりの身に異変が起きつつあった。
 作者の先行作『犬神』の設定や描写には1996年発売のテレビゲーム『バイオハザード』からの影響が容易にみてとれる。エボラ出血熱に似た未知の感染症の出現(エンバーミング)を仮想した本作も同じ想像力の圏域にあると考えるのが自然である。
 本作は、すなわち、着想段階ではウイルス感染症のアウトブレイクを描くパニックホラーだったと推察される。しかし、感染症と公衆衛生の専門家を監修に迎え、医療従事者、研究所員、官僚らがタッグを組んでウイルスに立ち向かう様を現実味豊かに描き出したことで、結果的に医療ドラマと呼ぶに相応しい作品となった。
 本作は新興感染症への備えとして研究施設の稼働と対策マニュアルの作成を要望する内容である。また、医療従事者への差別、ネットのデマが誘発するパニック、官公庁内の指揮系統不全、政権による圧力など新興感染症に付随する問題を2004年時点で多角的に描き出しており、驚嘆に値する。
 監修者の中原英臣は巻末において本作をつぎのように称賛している。「現代文明を享受している人類に対する警告の書であり、未来に不安を感じない人々への予言書でもある。(略)『エマージング』は21世紀の『デカメロン』となり、外薗昌也は21世紀の予言者となるかもしれない」。

「医療マンガ」としての観点

 本作には対照的な二人の医師が登場する。関口は真っ先に伝染病の可能性を疑い、接触者の連絡先をリスト化し、初期対応に貢献する。小野寺は関口の優秀さを目の当たりにして劣等感を抱く。他方、小野寺は不眠不休で患者と向き合い、一心に治療をつづける。関口は小野寺のひたむきさを目の当たりにして内心呟く。「本当にこいつは根っからの臨床医なんだな……/オレと全然違う……」。
 物語の終盤、現場指揮者から治療法の確立を目指すWHOとCDCの合同医療チームへの参加を打診されるのは「人間を群れとして統計的に判断する疫学的思考」をもった関口ではなく「患者そのものを診る臨床医」の小野寺である。小野寺が誰よりも新興感染症に詳しい専門家として国際医療チームに招聘される展開は、臨床現場で昼夜を問わず戦いつづける医療従事者たちに作者が捧げた花束に違いない。

【執筆者プロフィール】

可児 洋介(かに ようすけ)
1980年佐賀県生まれ。マンガ研究者。中高一貫校で国語科講師として勤務する傍ら『マンガ研究』『ユリイカ』等に論文、論考を発表。文学作品論に「金史良「天馬」における身体表象」(『学習院大学人文科学論集』20号)「村上春樹「バースデイ・ガール」における語りの機能」(同21号)がある。