日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

Dr.クインチ

現代にも根強く残るルッキズムに対する過激な挑戦状

Dr.クインチ
キーワード
美容外科
作者
鈴川恵康
作品
『Dr.クインチ』
初出
『グランドジャンプ』(集英社、2019年1号-)
単行本
『Dr.クインチ』(集英社、ヤングジャンプコミックスGJ、既刊5巻、2019年-)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 権藤弓一朗は、患者に対してとんでもない暴言を吐く、自信家の美容外科医。しかし、その天才的な腕前を頼って、権藤が執刀医を務める藤美容クリニックには今日もまた、自らの容姿を変えることで現状の「渇き」を満たすことができると信じる者たちがやってくる。
 クリニックの若き院長・恵理子は、権藤のことを「顧客の欲望に巣食う悪魔」と称するが、権藤はそれを否定せず、「ゴタク並べ散らした愛や夢や希望ですらただの“欲望”さ/人間らしく欲望燃やして生きやがれ!」とうそぶく。実際、彼の患者たちは皆、時に権藤から直接ことばをもらうことで、「新しい顔… 新しい環境 …新しい環境の中で/新しい自己同一性(アイデンティティ) を得」て、新たな人生の一歩を踏み出していくのだった。
 本作は、一人の患者ごとにエピソードが完結する形を採っているが、しばしば、別のエピソードの患者のその後が一瞬だけ描かれる。一歩を踏み出した後にも人生は続き、時に別の誰かの人生と交差していくことが示されることで、それぞれのエピソードを再帰的に深めて理解することができる仕掛けとなっている。

「医療マンガ」としての観点

 最初のエピソードで、厚生労働大臣政務官に「美容整形は“不要医療”です」と語らせているように、一般的に、美容外科は、他の医療分野ほど重視されていないように見える。にもかかわらず、患者の負担は、他の外科手術と同様、少なくない。実際、この作品でも、骨の整形後の「地獄のような」痛みが説かれ、手術後の回復期間=「ダウンタイム」においてパンパンに腫れた患者の顔も必ずしっかり描かれる。しかし、だからこそ、権藤は、美容外科医の門をたたく患者自身の意思の強さを確認し、時に、その意思のよりどころを他者に置くことのあやふやさを説く。豊胸手術を扱ったエピソードで権藤が言っているように、「異性や同性の目が気になるんじゃない/アンタ自身気に入るかどうか」なのである。「ブスと美人じゃ生涯賃金が三千万も違う」などと言わせるなど、本作はある意味、世の中にはびこっているルッキズムに対する過激な問いでもある。整形手術をテーマにした女性向けのマンガ作品はこれまでも数多く描かれてきたが、男性向けのマンガ雑誌で取り扱われた意味は大きい。
 スマートフォンなどのカメラと画像加工の機能が日に日に進化し、それらによって作られた写真がSNSを通して簡単に共有される時代。私たちは、常に・すでに、「整形手術した」姿をもって、他者とコミュニケーションを取っているということもできる。その意味でも、本作は、現代を生きる私たちが読むべき一作と言えるだろう。

【執筆者プロフィール】

イトウユウ
1974年愛知県生まれ。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は民俗学・マンガ研究。国際マンガ研究センター所属の京都精華大学特任准教授として、京都国際マンガミュージアム他で数多くのマンガ展を制作してきた。「マンガミュージアム研究会」として、ウェブサイト「マンガ展のしくみ」を運営。