日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

獣医ドリトル

声なき動物の声を“聴く”凄腕獣医が問いかける、人と動物の間の最適解

獣医ドリトル
キーワード
アニマルセラピー動物医療動物愛護獣医師生態系保護
作者
作:夏緑(なつ みどり)
画:ちくやまきよし
作品
獣医ドリトル
初出
『ビッグコミック』(小学館、2001年3月17日増刊号-8月17日増刊号、2001年第19号-2014年第19号)
単行本
『獣医ドリトル』(小学館、ビッグコミックス、全20巻、2003-2014年)、kindle版あり

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 動物医療を題材としたヒューマン・ドラマ。個人医院を主な舞台に、ペットの治療や躾など身近な事象から、絶滅危惧種や生態系の保全などグローバルな社会問題まで幅広く描いている。
 「鳥取動物病院」を営む獣医師・鳥取健一は、名字を読み替えた「ドリトル」のあだ名を持つ凄腕の名医。豊富な知識と鋭い洞察力で、動物の言葉をまるで理解しているかのように病状を把握し、的確な判断と迅速な行動で治療にあたる彼の手腕を、著名な児童文学の「ドリトル先生」になぞらえたのだ。だがこのドリトル、性格も口も最悪で金にがめつい。来院した飼い主を怒鳴りつけるわ、高額な割り増し料金をふんだくるわ。だがその辛辣さは実は、生命も意思もある動物を人間が「飼う」ことにまつわる、様々な“ゆがみ”を鋭く突くものだった。
 そんなドリトルの周囲には、彼の心根を理解して様々な人物が集う。負傷した競走馬を殺処分から救おうと医院に駆け込み、そのままAHT(動物看護士)として居着いた女性・多島あすかを筆頭に、テレビで人気の「カリスマ獣医」や、腕利きだが極端な性格の人気トリマー、偏執的な両生類マニアの通称「カエル君」など多士済々。カエル君がドリトルの計らいで世界的な研究者へ転身するなど、群像劇の側面も持つ人気長編である。2010年に小栗旬や井上真央らの出演でテレビドラマ化され、TBS系列で全9話が放映された。

「医療マンガ」としての観点

 診断・治療にあたる医者の視点だけでなく、患者自身や医者周辺の医療従事者それぞれの立場や思いを丁寧に描く「多声性」が医療マンガの魅力。だが動物医療において「患者の声」とは何だろう? 人間と異なる生態を持ちながら人間社会で暮らす、声なき彼らの「意思」はどう受け止めればよいのか?
 ペットを持て余して捨てるなどは論外だが、動物を愛し寄り添っているつもりでいても、正しい知識が無ければその愛情はかえって害になる。そして、人間の医療は社会保障の一環だが、動物医療はビジネスとしての採算性が大前提だ。徹底した現実主義者であるドリトルは、情に流されず、といって理を振りかざすでもなく、動物の生態と人間の思いをビジネスの範疇で両立させる最適解を、常に追求している。大切なのは動物を正しく知り、よく考え、責任ある決断をすること。動物と人のあいだの諸問題を、最新の知見を折り込みながら分かりやすく描いて、本作はそう訴えかけてくる。
 なお同じコンビは本作完結後、公益財団法人「動物環境・福祉協会」の杉本彩理事長を監修に迎え、ペット業界に焦点をあてた『しっぽの声』に取り組んでいる。

【執筆者プロフィール】

表 智之(おもて ともゆき)
北九州市漫画ミュージアム専門研究員。専攻は思想史・マンガ研究。大阪大学大学院文学研究科博士課程修了、博士(文学)。京都国際マンガミュージアムの立ち上げに携わった後、2011年より現職。血圧・血糖・血中脂肪の「3高」に直面し、摂生に努めて20キロ弱減量。

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