日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

バカレイドッグス

命を巡る倫理の“当たり前”を揺るがす「闇医者」マンガ最新形

バカレイドッグス
キーワード
スーパードクター外科医療闇医者
作者
原作:矢樹純
漫画:青木優
構成:津覇圭一
医療監修:茨木保
作品
『バカレイドッグス』
初出
『ヤングマガジン』(講談社、2017年44号-2018年25号)
単行本
『バカレイドッグス』(講談社、ヤンマガKC、全3巻、2018年)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 看護師の雪野鈴(りん)は、ヤクザに拉致され、父親の借金900万円の肩代わりを強要されていたところ、犬童辰次という人物に「買い取」られ、彼の元で働くことに。そこは、超人的な外科技術を持った辰次と、その弟で、様々な形で辰次を支える保険屋の亥三が経営する闇医院だった。法外な金を支払うことで利用できるその「犬童医院」に、訳あって集まる、正規の病院に行けない患者たち――落とし前のために腕を切り落とされたヤクザや、舎弟の子を身ごもったヤクザの愛人、猟奇殺人犯、などなど……。本作は、そんな彼ら彼女らの命を巡るドラマをサスペンスフルに描いた「メディカルピカレスクロマン」である。
 『Dr.コトー診療所』等の監修を担当した臨床医であり、『まんが医学の歴史』(医学書院、2008年)や『まんが人体の歴史』(筑摩書房、2017年)などの作品を手掛けるマンガ家でもある茨木保が医療監修を務めた。

「医療マンガ」としての観点

 単行本最終巻の「あとがき」で、原作者の矢樹純が、「小学生の頃、手塚治虫先生の『ブラック・ジャック』が大好きでした」と書いているが、本作は、「闇医者マンガ」の元祖にして最高傑作である『ブラック・ジャック』の変奏とも言える。
 「闇医者マンガ」の意義のひとつは、「命」というものに対する評価は、本質的なものとして存在しているわけではなく、状況によって変化しうる構築的なものであることに気付かせてくれる点にある。『ブラック・ジャック』に登場する、「安楽死」を請け負うドクター・キリコは、そのことを象徴に示すキャラクターだろう。
 犬童医院でも、医療費が支払われなければ、たとえ目の前に消えゆく命があったとしても無視される。後に登場する辰次と亥三の異父兄・寅太も、辰次同様の天才外科医だが、彼が患者として関心を持つのは、「彼自身がこの世界に生きる価値があると認めた人間だけ」である。つまり、闇医者はひとりひとりがそれぞれの価値観の中で命を扱っていて、それゆえに、ある状況において、患者がどのように扱われるようになるのか、読者は全く予測できない。そこにドラマのサスペンスも生まれるわけである。
 カオス状態の闇医者の世界の中に、鈴という人物が設定されている点は重要だ。読者と近い倫理観を持った“普通の”人間が存在することで、私たちが当たり前と思っている命を巡る倫理と制度を冷静に相対化し、再点検することができるのである。

※2019年から、続編である『バカレイドッグスLooser』が連載中。

【執筆者プロフィール】

イトウユウ
1974年愛知県生まれ。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は民俗学・マンガ研究。国際マンガ研究センター所属の京都精華大学特任准教授として、京都国際マンガミュージアム他で数多くのマンガ展を制作してきた。「マンガミュージアム研究会」として、ウェブサイト「マンガ展のしくみ」を運営。