日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

アスクレピオス

敵を「倒す」のではなく「治す」ことで状況を打破する異色の「ジャンプマンガ」

アスクレピオス
キーワード
スーパードクター外科医療
作者
内水融
作品
『アスクレピオス』
初出
『週刊少年ジャンプ』(集英社、2008年43号-2009年11号)
単行本
『アスクレピオス』(集英社、ジャンプ・コミックス、全3巻、2009年)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 中世を彷彿とさせる架空のヨーロッパを舞台とする歴史医療マンガ。
 古代ギリシャより続く「遍歴医師」一族の末裔である少年バズ・メディルは、驚異的な外科技術を持ったメディル一族を異端の「切り裂き魔」と見なす時の絶対的権力=教会組織の迫害から身を隠すように生きていた。しかし、後に彼の助手兼護衛を務めることになる従者の少女ロザリィ・テレスフォスとの出会いをきっかけに、その天才的な医療技術を覚醒させ、ギリシャ神話に登場する医神の名に由来する「アスクレピオス」の名を受け継ぐ。そして、手術で多くの人を救い、その救った患者の血の署名で血名録(ビブロス)を埋めるというメディル家の使命を一身に背負い、旅に出るのだった……。

「医療マンガ」としての観点

 一見、連載誌である『週刊少年ジャンプ』得意の、中世ヨーロッパ風偽歴史ファンタジーの装いを持ったマンガだが、魔法的なものは一切登場しない。その替わりに、ある時代「魔法」と見なされていた医術と、それを目の当たりにした人々の反応自体を描く。
 敵対する相手を暴力で「倒す」のではなく、逆に「治す」ことで状況を打破するという逆転の発想がユニークだ。作品の見せ場も、少年マンガ定番のバトルシーンではなく、外科手術シーンである。バズは、その並外れた外科技術で、馬車で切断された腕をつなげたり、事故で失った鼻を人工的に作ったりといったミッションをこなしていく。もちろん、この時代に、そうした知識や技術が存在していたとは限らず、また、火傷を負った赤ん坊への移植手術に、その場で切り取った自分自身の足の皮を使ったり、剣で貫かれ、切断した自分自身の血管を結紮(けっさつ)したりといった超人的な手術を行っているという意味で、本作は「ファンタジー」マンガに違いない。しかしながら、そうしたありえないシーンに、説得力ある医学的解説と描写でリアリティを与えているという意味では、本作も、手塚治虫『ブラック・ジャック』を元祖とするスーパードクター系マンガの系譜に連なる一作だろう。
 一見したら「ジャンプマンガ」的だが、本作が、その実、そうしたパターンを裏切ることを目指しているであろうことは、突然、憧れの巨乳を手に入れた少女のエピソードからも伺える。そうした少女の身体の変化は、少年マンガ的にはセクシーラブコメのはじまりを予感させるが、この作品ではもちろん、それは「顆粒膜細胞腫」という病気の症状でしかないのである。
 医療というきわめて現実的なテーマは、少年マンガの持つファンタジー性を相対化させる可能性を持っていることを示したという意味で重要な作品と言える。

【執筆者プロフィール】

イトウユウ
1974年愛知県生まれ。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は民俗学・マンガ研究。国際マンガ研究センター所属の京都精華大学特任准教授として、京都国際マンガミュージアム他で数多くのマンガ展を制作してきた。「マンガミュージアム研究会」として、ウェブサイト「マンガ展のしくみ」を運営。