日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

青い薬

HIVに感染した女性との夫婦生活と複雑な心境をユーモアを交えて描く

青い薬
キーワード
HIVエイズ感染症
作者
著者:フレデリック・ペータース
訳者:原正人
作品
『青い薬』
単行本
『青い薬』(青土社、全1巻、2013年)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 スイス・ジュネーブ出身のマンガ家フレデリック・ペータースの自伝。
 作者は、若いころに気になっていた女性カティと数年ぶりに再会する。結婚して子どももいたカティは離婚を考えていた。彼女と何度か逢瀬を重ねているうちに、お互いに思いを寄せ合うようになるが、カティから思わぬ告白を受ける。「エイズなの…息子もね…」。憐憫、欲望、逃亡、悲しみ……さまざまな感情が頭の中を一気に駆け巡るなか、フレデリックはカティとともに生きる道を選ぶ。
 カティは、自らの病と息子をも感染させてしまったという自責の念に苦しみつつも、作者には笑顔を向ける。フレデリックはカティの病気を受け入れながらも、心の奥底では彼女を取り巻く状況に複雑な葛藤を抱える。両親へのカミングアウト、生まれながらに病を背負うカティの息子への接し方、そして手探り状態の性生活など、HIVに感染した女性との暮らしとその生活の中で感じた揺れる深層心理を、ユーモアも交えながら下書きもしないで筆の赴くままに大胆に描き、2002年にスイスのテプフェール賞を受賞した傑作。

「医療マンガ」としての観点

 物語の中盤、HIVという見えない敵に立ち向かう作者の前に、ひとりの医師が登場する。作者は医師や医学に対して懐疑的な思いを抱いていたが、性行為の途中で避妊具が破れてしまい自分も感染の可能性があるのではないかと、慌てふためいてカティとともに医師の診察を受ける。傷口がないことを確認した医師は、エイズ感染の可能性は「帰り道で白いサイに遭遇するのと同じ程度」と言って豪快に笑い飛ばす。次のページで、診察室の二人の背後にぬっと白いサイが現れる。その後、白サイは作者の後をひっそりとつけてくることになるのだが、この医師の、ともすれば不謹慎とすら感じられるほど率直で人間味を帯びた人柄に、だんだん信頼を寄せていくというエピソードがとても印象に残った。
 作品の最後には、本編から13年後にあたる2013年のエピソードが付け加えられている。作中ではまだ誕生していなかった9歳の娘、16歳に成長した息子、そしてカティへのインタビューだ。その中で息子とカティは全く同じことを言っている。HIVやエイズの知識を持っている人は少ない。知らないせいで怖がる。説明をしていたけど、それもやめた、と。作中には描かれていないが、二人はうんざりさせられるほどの偏見や差別にさらされてきたのだろう。そういう状況は悲しいことだが、だからこそこの作品のように当事者を代弁する手段が大切なのだと強く感じる。

【執筆者プロフィール】

森﨑 雅世(もりさき まさよ)
大阪・谷町六丁目にある海外コミックスのブックカフェ書肆喫茶moriの店主。海外のマンガに関する情報をTwitter、Instagram、Youtube、noteなどで発信しています。書肆喫茶moriのHP