INTERVIEW
GMな人びと

小比賀美香子さん

医師

小比賀美香子

今回ご紹介するのは、内科医として診療する傍ら大学病院で医学生や若手医師の教育にも携わっておられる、小比賀 美香子(おびか みかこ)さんです。
同じ内科医として活躍されていたご主人が40歳で脳腫瘍を発症し、4年半の闘病後に旅立たれました。その後更に約4年半を経て、やっと当時の経験を少しずつふり返り、向き合うことができるようになったという小比賀さんは、今、患者家族・遺族/医師としての経験を4コマ漫画にしています。
どうして漫画を選んだのか、そして、小比賀さんが記録し伝えたいものは何かをうかがいます。

患者家族・遺族/医師として過ごされた4年半を振り返ってみると、大変なご経験だったと思います。
 夫が発症して他界するまでの4年半、患者でもあり、医師でもある夫の傍で、私自身も患者家族として、また医師として、医療について考えさせられる日々でした。夫は当初、何もしなければ余命11ヵ月という状況でしたが、最新の手術と放射線治療、化学療法、免疫療法という医学の恩恵にあずかり、再発を繰り返しながらも、短期間でしたが仕事にも復帰できました。ご尽力していただいた担当の医療従事者の方々には、とても感謝しております。また、夫の病気発覚後、家族・夫婦の絆がより濃く深くなったことも間違いありません。
 ただ一方で、夫は苦悩していました。私も苦悩していました。医学に傷つけられたと思うような経験もしました。夫も私も医学を実践する医師であるからこその苦悩だったのかもしれません。また夫婦の絆が深まった一方で、私は夫との間に深い溝ができたことにも気づいていました。患者と患者家族が互いに分かり合うということは、場合によっては困難を伴います。これらの経験は、私が今現在実践する医療、医学教育にも少なからず影響しています。

小比賀美香子さんが病室にお見舞いに行ったときの一コマ

脳腫瘍発覚後、夫は腫瘍摘出術、放射線治療のため入院する。治療に専念する夫の代わりに情報収集に奔走する中、病室にお見舞いに行ったときの一コマ。
※グリオーマ:悪性の神経膠腫。悪性腫瘍の中でも治癒の難しい腫瘍のひとつ。

そこから、更に4年半の月日が流れます。その間、改めてご自身のご経験を記録してみようと思われた理由は何ですか?
 時間が経つにつれ、何かしらの形で記録しておきたいと考えるようになりました。今回、記録しておきたいと思った理由について、あらためて考えてみますと2つあることに気付きました。
 ひとつは、自分のために記録として残しておきたいということ。記憶が薄れていかないうちに記録しておきたい。そのままにしていた当時の体験について、感情も含めて思い出し、自分なりに整理してみたい。これは喪の作業ともいえるかもしれません。
 そして、もうひとつは、患者家族・遺族/医師としての経験を共有したいということ。この共有したい相手は、特に医師が念頭にあります。
 患者家族として過ごした4年半の中で、いったい誰のための医療なのだろうか、患者のための医療のはずが、患者・患者家族側に立つと、そうは思えないことがありました。

治験の説明を受けにいったときの一コマ

闘病中、いろいろな治療の可能性を求めて、治験の説明を受けにいったときの一コマ。小比賀さん自身も治験や研究協力について患者さんに説明した時、不覚にも同じような感覚に陥っていたことがあるという。※治験:薬や治療法の候補を健康な成人や患者に使用して、効果や安全性、治療法(適正な投与量や投与方法)などを確認する目的で行われる「臨床試験」のこと。

 医師や医療に対してネガティブな気持ちになることもありました。しかし、夫が受けた医療と、私自身がそれまで医師として実践してきた医療は同様であり、夫が受けた医療に懐疑的になることは、自分がやってきたことを疑うこととほぼ同義でした。医師側の事情もよく分かりますし、とても複雑な気持ちでした。
 かなりモヤモヤした状況が続きましたが、だんだんと、自分の経験を共有することで、患者・患者家族、医師双方にとって、よりよい医療になるための何かヒントにならないか、小さな波紋かもしれませんが、医療界に一石を投じてみたいと思うようになったんです。

腫瘍の再発告知の一コマ

腫瘍の再発告知の一コマ。担当医師は医師として極めて冷静に説明をしてくれたが夫は傷つき怒っていた。脳腫瘍の再発で記憶力も少しずつ低下していたが、特に嫌な体験は選択的なのでしょうか、すぐに忘れていた。

漫画という媒体を選ばれた理由はなんですか?
 文章だと重くなりすぎることがあります。漫画だと、読みやすく、文字では表現できないイメージを伝えやすいと思いました。また、4コマ漫画は、描きたい時に手軽に書けます。描いてみたら、当時のことを思い出して、思わず涙が出ることもありますが、同時に温かな気持ちにもなり、少しずつ描いていくことにしました。また何より、夫はユーモアのある人だったので、いずれもっとユーモアを交えた4コマ漫画を描きたいと考えています。
小比賀さんは患者家族であり、遺族であり、医師でもあります。それぞれの立場を経験しているからこそ、伝えられるメッセージがあると思います。
 今回、漫画の一部を公表するにあたって考えたことがあります。
 自分の経験を漫画にはしていますが、あくまでも私からみた風景、また私の記憶に基づく内容です。その時の私の感情や主観で脚色、誇張されているでしょうし、事実にもとづいたフィクションともいえると思います。
 自分が患者家族として医師とのやり取りで傷ついた瞬間もあります。しかし、いくら医学に傷つけられたような体験をしたからといって、医療従事者の方を批判する意図は全くありません。
 むしろ同じ医療従事者として、また今後も医学を実践する者として、医学・医療を問い直したい、そういう気持ちです。

小比賀さんが夫との何気ない日常の時間がいつまで続くのか大きな不安を抱えていた時期の一コマ

再発を繰り返すたびに、夫は記憶力が少しずつ低下し、よく転倒するようになる。体調によって、感情がとても不安定になることもあり、小比賀さんが夫との何気ない日常の時間がいつまで続くのか大きな不安を抱えていた時期の一コマ。夫の手の温もりは今でもはっきりと小比賀さんの手に残っている。