日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

夜光虫

冷たい殺意と命を救う輝き

夜光虫
キーワード
劇画医療倫理私刑殺人
作者
作:柿沼宏
画:篠原とおる
作品
『夜光虫』
初出
『ビッグコミックオリジナル』1975年8月5日号~1979年10月20日号
単行本
『夜光虫』(小学館、ビッグコミックス、全12巻、1976-1980年)(小池書院、キングシリーズ 漫画スーパーワイド、全7巻、2007-2008年。コンビニコミック版)

作品概要

 横浜のサンスクリット病院に勤務する内科医・花岡朝美は、美貌に溢れ観察眼に長けた優秀な医師である。
 彼女の周囲には度々問題を起こす人物が現れる。カルテのすり替えで同僚を陥れる内科医、重篤な病状の社長を尻目に株価の操縦を企てる御曹司、目撃者のいない轢き逃げ犯等々。そうした法の裁きを逃れそうな悪人に対し、花岡は医師としての裁きを与える。時には死を以て。

「医療マンガ」としての観点

 原作者の柿沼宏は松森正と組んだ『メス』、武本サブローと組んだ『カルテ』と『ビッグコミックオリジナル』誌上で医療マンガ原作を複数手掛け、本作が三作目となる。いずれも正確な医学知識に裏打ちされたストーリーテリングが好評を博していたが、本作の100話「児心音異常」での障害者殺しの描写が全障連において問題視され、同誌の編集部による全国紙への謝罪文掲載という事態に陥り、本作の打ち切りによって断筆している。
 作画の篠原とおるは大阪日の丸文庫出身の劇画作家であり、梶芽衣子主演で映画化され大ヒットした『さそり』で知られるヒロインアクション作品の大家である。
 そんな篠原の作風に引きずられてか、物語序盤の花岡女医はとにかく人を殺しまくる。妻の財産を毟り取った挙句自殺に追い込んだ金の亡者の歯科医や元強盗犯など、それなりの理由を備えた人間が標的にされるのだが、殺害方法も、人間ドックを装った放射線の過剰照射や、薬の「飲み合わせ」の悪用、患者の病状に対する「致死毒」の処方など、医学的知識を駆使したバリエーション豊富なもので、検死や解剖といった犯罪捜査を掻い潜る完全犯罪を容易く達成している。兄弟誌である『ビッグコミック』で人気を博すゴルゴ13なみの鮮やかな手際である。しかし、生殺与奪の権利を握る医者が容易く人を殺すことが倫理的に問題となったのか、中盤以降花岡女医の殺しは鳴りを潜めていき(警察に露見しそうになり証拠隠滅に奔走するエピソードもある)、医学的な犯罪に関する警察へのアドバイスや、「普通」の治療行為を行う真っ当な医者としての顔をみせる変節を遂げてゆく。タイトルの「夜光虫」の由来となったエピソード「オーベンの心」では、研修医の三井が彼女の「冷たい美しさ」を夜光虫のようだと評するが、その冷たい光を彼女は「必死に生きている証」と応える。冷酷な正義に基づく殺意と医師としての命への慈愛を備えた花岡女医の二面性は、黎明期の医療マンガにおいてダークヒーローとしての医師像を確立したといえる。

【執筆者プロフィール】

小林翔
日本グラフィック・メディスン協会理事、専門はアニメーション研究・メディア研究。日本マンガ学会編集委員、日本アニメーション学会研究教育委員などを務める。「音声」というテーマからアニメーション表現の分析し、それらの文化的受容に関心があります。