不安障害を克服するまでの過程を克明に描いた韓国のコミックエッセイ
- キーワード
- うつパニック障害社交不安障害
- 作者
- 作:キム・イェジ
訳:小田ミハル - 作品
- 『私、幸いなことに死にませんでした』
- 単行本
- 『私、幸いなことに死にませんでした』(オーム社、全1巻、2021年)
作品概要
社交不安障害を抱えた作者が回復に至るまでの経緯を克明に描いたコミックエッセイ。
作者のキム・イェジは独立出版で刊行した『私、清掃の仕事してますけど?』(オーム社、2021年)が韓国内で話題になり、書籍化されるほどヒットした。イラストレーターの夢を追いかけながら生計のためにビル清掃員の仕事をするという、「ふつう」の人とは違う彼女の人生をコミカルかつリアルに描き、夢とは何か、仕事とは何かを突きつけるコミックエッセイである。明るくユーモラスな作品であるが、その裏側で作者は社交不安障害という病気を抱えていた。
学生時代から他人との関係に過剰な不安感を覚え、うつやパニック障害も併発してしまう。不安にさいなまれた彼女は友人との付き合いを完全に絶ってしまい、自殺まで考える。死にきれなかった彼女は精神科を訪れるものの、治療はなかなかうまくいかない。さまざまな挫折や失敗を繰り返し、メビウスの輪のような無限の不安の渦の中を堂々巡りしながらも、試行錯誤の末に自分に合う治療方法を見つけていく。その過程がやさしい筆致で丁寧に描かれる。
「医療マンガ」としての観点
前書きの中で作者は、自分が挫折に苦しんでいるときに共感できる作品に出会い勇気づけられたように、「途方に暮れているであろう彼らに「こんな方法はどう?」と語りかけたかった」と述べる。その言葉どおり、本作には彼女が感じた症状から、その治療の経緯に至るまでが驚くほど詳細に描かれている。
なかでも自分に合う精神科を探して彷徨う様子がリアルだ。高い診療費、期間も短く効果のなかった認知行動療法プログラム、病院によって処方される薬の違い、やる気がなかったり心無い言葉を投げかけたりする医師たちなど、治療のために訪れたはずの精神科で暗澹とした思いに突き落とされてしまう。しかし作者は運よく相性の良いカウンセラーと出会うことができた。そこでカウンセラーに「心理学的」治療を、精神科で自分に合う薬を処方してもらう「生物学的」治療とを明確に区別することにした。そうすることで事務的な対応をする精神科医に傷つかなくても良いように。
セカンドオピニオンという言葉も一般的になりつつはあるものの、やはり専門的な知識を持った医師の言葉や処方薬を鵜呑みにしてしまうことは多い。初めて診察してもらった医師との相性が合わなかったことで治療を断念してしまうケースもあるだろう。しかし本書は、自分が納得できる治療を選択するまでの実践的な手法が失敗談とともに経験として描かれており、「あきらめないで」とやさしく手を差し伸べてくれている。