統合失調症の母親と幼い頃から向き合い続けた作者の貴重な体験談
- キーワード
- グータラ病ケースワーカーデイケアトーシツ医療保護入院地域生活支援センター変薬幻聴措置入院独語病態失認精神分裂病統合失調症自殺企図被害妄想追跡妄想障害年金
- 作者
- 中村ユキ
- 作品
- 『わが家の母はビョーキです』
- 初出
- 単行本に初出情報記載なし
- 単行本
- 『わが家の母はビョーキです』(サンマーク出版、全2巻、2008-2010年)
※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。
作品概要
作者の母は、結婚して5年経った27歳のある日、突然幻聴に悩まされ始める。当時、娘である作者は4歳だった。どうやら結婚生活や育児に由来するストレスが引き金になったようだが、はっきりした原因はわからない。奇妙な言動が目立つようになり、精神病院に入院すると、統合失調症(当時はまだ精神分裂病と呼ばれていた)と診断される。
退院後の母の暮らしはすさむ一方だった。病院で処方された薬は飲まず、パチンコに入り浸り、カードローンで借金をする。悪霊に憑りつかれたように豹変した母が作者に包丁を突きつけたのも、一度や二度ではない。
やがて両親は離婚。高校を卒業した作者はデパートに就職する。ところが、しばらくして作者が仕事を辞め、マンガ家になると決意すると、それがきっかけで母の病状がさらに悪化してしまう。今度の入院は2年あまりに及んだ。
退院後、作者はいよいよ母の統合失調症と向き合うことになる。自身のマンガ家としての活動と母の介護の間で先行きの見えない不安に苛まれる作者だったが、地域生活支援センター等の制度を知り、さらには夫と出会い、さまざまなサポートを受けることで、少しずつ状況を改善していくことになる。
「医療マンガ」としての観点
入院先の医師に病状を正しく伝えず、適切な薬を処方してもらえなかったことを非難する作者に対して、母が答える言葉が印象的である。「だって… 恥ずかしいから…」。このひと言に、患者と医師のみならず患者と家族の間にも横たわるディスコミュニケーションが集約されている。
自身のマンガ家としての活動も安定しない中、母の奇妙な言動に振り回され、どうにか日々をやり過ごすだけで精一杯だった作者だが、とりわけ地域生活支援センターの存在を知ることで心に余裕が生まれ、このディスコミュニケーションを少しずつ解きほぐしていくことに成功する。統合失調症が「脳の病気」だと知った彼女は、「なんで自分から病気のコトを詳しく聞かなかったのだろう…」と反省し、この精神障害について自ら学び、医師とコミュニケーションをはかり、母親の状況を記録する日誌をつけるようになるのだ。
さらに作者の支えとなったのは夫の存在だった。結婚すると、作者は母と夫と三人暮らしをすることになる。夫のおおらかで楽天的な性格も手伝い、第三者が加わることで、患者とその家族という当事者同士の関係に客観性がもたらされ、母と子の凝り固まってしまいがちな関係がほぐれ、さらに事態は好転していく。特に夫が家族に加わることで生じた変化については、本作の第2巻に詳しい。
本書は統合失調症の症状や患者の家族が置かれる大変な状況についてわかりやすく詳述した貴重な記録だが、同時に地域生活支援センターを始めとするさまざまな制度や身近な他者が、患者や家族にとってどれほど助けになりうるのか、その可能性を教えてくれる作品でもある。
※関連作品に『てんやわんやのトーシツ・ライフ』(日本評論社、全1巻、2019年)がある。