日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

研修医古谷健一

研修医の視点を通して描く医療の問題と可能性

研修医古谷健一
キーワード
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作者
作:永井明
画:里見桂
作品
『研修医古谷健一』
初出
『ヤングチャンピオン』(秋田書店、単行本に年度・号数などの初出情報記載なし)
単行本
『研修医古谷健一』(秋田書店、ヤングチャンピオンコミックス、全4巻、1991~1992年)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 古谷健一は大学医学部で6年間の学業を終え、医師国家試験に合格したばかりの新米医師。彼は4人の同期と一緒に、一人前の医師になるために、横浜にある聖アントニオ病院で2年間に及ぶ研修を行うことになっている。
 研修医歓迎会が行われたその夜、泥酔した内科部長の鈴木を病院に送り届けた古谷が研修医ルームで仮眠をとっていると、怪我を負った暴走族の若者たちが運び込まれる。古谷も緊急外来に呼び出され、ある若者の裂傷を縫合するよう言いつけられる。初めての大仕事に慌て怖気づく古谷だが、どうにか縫合を終えると、「なんとかやれそうだな」という実感を抱く。
 脳梗塞、肺がん、睡眠薬自殺、出産、過労、拒食症、脳死、老人性痴呆、子宮筋腫、エイズ、白血病……。古谷は患者たちのさまざまな病気や問題と向き合い、仲間たちに助けられながら、医師として自分の進むべき道を少しずつ見出していく。

「医療マンガ」としての観点

 本作は『研修医なな子』(森本梢子)と並び、『ブラックジャックによろしく』(佐藤秀峰)以前に研修医に焦点を当てた重要な作品のひとつ。原作者の永井明は医師を経て、医療ジャーナリストとなった人物で、『ぼくが医者をやめた理由』などの著書や、マンガ『医龍-Team Medical Dragon-』の原案で知られる。
 主人公の古谷健一は、大学時代はラグビーで鳴らしたスポーツマン。曲がったことの大嫌いな正義漢でありながら、人の弱さを理解する心優しい人物でもある。さすがに30年前の作品ということもあり、『ブラックジャックによろしく』の斉藤英二郎を通して研修医のリアルを思い描く現代の読者からすると、古谷の優等生的な人物造形や何かにつけ古谷がラグビーボールを蹴ってうさを晴らす様子はいささか古臭く感じられるが、一人前の医師未満の研修医を通じて、当時の医療の問題や可能性を広く描いた本作の功績は大きい。過労死やエイズなど、当時話題になっていたテーマをいち早く扱っているのがさすがである。
 第2巻に収められた「Karte16 ベッドからの視線」では、ラグビーの試合中にアキレス腱を断裂した古谷が入院し、自ら患者になる様子が描かれる。古谷はそこで初めて患者が抱く注射に対する恐怖や検査に対する疑問、食事に関する不満などを体験する。この体験が古谷の成長を促したことは想像にかたくないが、患者の視点に立ち、他者を想像するということは、まさにグラフィック・メディスンが目指していることに他ならないのである。

【執筆者プロフィール】

原 正人(はら まさと)
1974年静岡県生まれ。フランス語圏のマンガ“バンド・デシネ”を精力的に翻訳紹介する翻訳家。フレデリック・ペータース『青い薬』(青土社)、ダヴィッド・プリュドム『レベティコ―雑草の歌』(サウザンブックス社)など訳書多数。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。

グラフィック・メディスン創刊準備号