日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

透明なゆりかご

すべての命についての物語

透明なゆりかご
キーワード
sexual and reproductive health and rightsジェンダー性暴力障害
作者
沖田×華(ばっか)
作品
『透明なゆりかご 産婦人科医院看護師見習い日記』
初出
『Kiss PLUS』(講談社、2014年1月号、3月号)、『ハツキス』(同、2014年7月号-連載中)
単行本
『透明なゆりかご 産婦人科医院看護師見習い日記』(講談社、KC Kiss、1~8巻、2015年-)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 産婦人科でアルバイトをする主人公が、さまざまな患者や課題に対峙する物語である。主人公は看護学生であり、初めて踏み入れた医療現場の現実に圧倒され、悩み、考察する姿が描かれる。主にテーマとなっている妊娠、出産、堕胎といった話題から、性暴力などのジェンダー問題、家族問題、貧困といった経済問題まで様々な角度から女性と子が直面させられている問題が取り上げられる。
 人は病いを患ったとき、あくまでも自分の身体で起こっていることであるのに、当の本人にはそれがどんな病気なのか、どのように対処すれば治癒できるのか、そもそも元の「健康」な状態に戻れるのかさえわからないことがある。その筋の専門家である医師にしかわからないというわけだ。医療とはこのように専門家によって支配された一面をもつため、とっつきにくく、難解で、冷たく、しかしそれゆえに一層魅力をもって語られることが多い。特に社会情勢が不安定な昨今、まるで不安な気持ちを救ってくれるかのような、神業ともいえる医療テクニックや、気難しい天才医師を扱う漫画が多くヒットしている。
 本作はこうした傾向とはまったく対極にある漫画である。看護学科に通う学生が、産婦人科でアルバイトをする日常が描かれ、とりあげられる事例も身近なものばかりである。それらは主に妊娠と出産、堕胎であるが、その背景にある家族問題や貧困まで多岐にわたる。つまり本作は、身近に存在しながらも普段は積極的に取り上げられることのない<生>の側面を扱っており、こうした意味において、すべての命にまつわる物語であるといえる。

「医療マンガ」としての観点

 新生児への虐待、誕生死、レイプによる妊娠など、聞くだけでも辛く、ましてや立ち止まって考える人がどれだけいるだろうか。非日常として、あるいは辛すぎるニュースだとして日常生活から逸脱する話題は排除される。しかし主人公は孤立した患者に寄り添い、目の前に提示される正解のない問いに対して自分なりの解を模索する。こうした姿は医療にかかわる態度としては過剰なものにうつるが、初めて現場に足を踏み入れた学生バイトという視点から描かれているため、自然と共感を抱いてしまう。作中には常に人の<善>を信じ、当事者の幸せを望む主人公の姿勢が見られ、読了後はなぜかほっこりする雰囲気が漂いすらする。
 本作は、2018年7月にNHKでドラマ化され、多くの賞を受賞している。SNSでも話題になり、特にTwitterでは盛り上がりをみせた。私もTwitterアカウントを持っている。そして出産がほぼ同時期の、いわゆるマタ垢100ほどと繋がっている。ドラマ放映時は産後1か月で回復には程遠い状態だったため、たくさんのアカウントから本作の感想が流れてきたときには大変驚いた。しかし今となっては、みなが寝る時間を削ってもドラマを見ていたのは、作中のように主人公に救われたかったからではないかと思う。何が正解かもわからず、ただひたすらに目の前の命と対峙するしかない必死な私(たち)の孤独をやわらげ、肯定してほしかったのだ。本作は、何かの渦中にいる人(患者)に向き合い、そっと寄り添うことの重要性を描いている。それが多くの人の共感を呼んでいるのではないだろうか。

【執筆者プロフィール】

入江恵子(いりえ けいこ)
北九州市立大学文学部人間関係学科准教授。奈良女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程複合領域科学専攻終了、博士(学術)。京都大学学際融合教育研究推進センターアジア研究ユニット研究員(特別教育研究)、九州国際大学法学部法律学科准教授を経て現職。主な著書に『介入と逸脱』(晃洋書房、2019年)がある。

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