日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

失踪日記2 アル中病棟

からりとして、どこか醒めたタッチで描かれる「アル中病棟」体験記

失踪日記2 アル中病棟
キーワード
アルコール依存症アルコール依存症入院治療うつエッセイマンガ自助グループ活動(断酒会・AA)自殺念慮
作者
吾妻ひでお
作品
『失踪日記2 アル中病棟』
初出
単行本に初出情報記載なし
単行本
『失踪日記2 アル中病棟』(イースト・プレス、全1巻、2013)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 手塚治虫的なタッチをエロティックな美少女キャラ描写へと転化して多くのフォロワーを生み出し、のちの「萌え」マンガの先駆者としても位置づけられるマンガ家・吾妻ひでお。その不条理感漂うSF・ギャグ作品で1980年代に一時代を築いたにも関わらず、マンガ界の表舞台から突如姿を消した彼の、うつとアルコール依存による失踪後の生活を描いた『失踪日記』(イースト・プレス、2005年)は大いに話題を呼んだ。
 本作ではその描き下ろし続編として、前作でも触れられていたアルコール依存症の入院治療経験がより詳細に描き出されている。朦朧としたなかで家族に連れられての入院、細かくスケジューリングされた病棟でのトラブル含みの集団生活、AA(Alchoholics Anonymous)や断酒会といった自助グループへの参加、そして外泊の許可から「不安だなー/大丈夫なのか?/俺……」とひとりごちながらの退院まで……。前作が失踪中の遍歴を軸とする自伝的性格を持つのに対し、通称「アル中病棟」での集団生活をクローズアップした本作では、それぞれに入院治療へと至る背景を持つ他の患者たちが次々と作者の前に立ち現れてもいく。そんな病棟内の人間模様をギャグマンガ家であるがゆえの「ネタ」に対する観察眼を通じて、どこか突き放したような醒めた描写で綴っていく本作は『失踪日記』とはまた違う読み味の、優れた群集劇でもある。 

「医療マンガ」としての観点

 ほとんど知られていないアルコール依存症の入院治療生活を、細かな規則や一日の過ごし方から、自助グループ活動の様子、人間関係のトラブルまで疑似体験できる本作。病棟での集団生活の悲喜こもごもをもっと生々しく描くこともできただろうが、巻末に収録された対談の相手であるマンガ家のとり・みきが「赤裸々なんですけど、露悪的ではない」と評するように、自身の経験や感情をぶちまけるのではなく、ギャグマンガとして昇華した上でからりとしたタッチにより描き出している。それは読者にとっての読みやすさにもつながっており、「社会見学」的な関心を満たすだけでなく、こうした入院治療の当事者・関係者やその家族にとっては内実を描いた情報マンガとして、またむやみに感情を煽り立てることのない冷静な筆致のいち体験記として、「実践的」な一冊ともなっている。
 その一方で、曇天のもとで今後の不安を吐露するラストの大ゴマに象徴されるような、達観した筆致のなかにすっと挿し込まれる巧みな内面描写の存在は、自身の傷病経験を描こうとする「医療マンガ」作品が、その経験の主観性と描写の客観性とをいかに統合しうるのかをめぐる高度な達成の一事例とも言えるだろう。

【執筆者プロフィール】

雑賀 忠宏(さいか ただひろ)
1980年、和歌山県生まれ。神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了、博士(学術)。現在、京都精華大学国際マンガ研究センター委託研究員。「文化生産の社会学」の視点から、社会関係としてのマンガ生産やマンガ家に対する社会的なまなざしや、その表象の変遷に関心を持つ。

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