どこまでも「白く」―理想論を描き切った渾身の研修医マンガ
- キーワード
- 医療倫理病院経営終末医療
- 作者
- 万里村奈加
- 作品
- 『白の条件』
- 初出
- 『Fortnightly mimi』No.5~23・24合併号(1991年)
『Monthly mimi』1992年3月号~1993年5月号 - 単行本
- 『白の条件』(講談社、講談社コミックスミミ、全7巻、1991-1993年、その他電子版あり)
『白の条件 特別編』(講談社、講談社コミックスミミ、全1巻、1994年)
作品概要
私立病院の院長・野田泰造の手術後の死をきっかけに、泰造の娘である涼子、理沙子、華子の三姉妹の日常は急転直下を迎える。住む家を追われ、父の遺した借金で病院が人手に渡るという不安を抱えつつ、医学部を卒業した華子は研修医として父の病院へと戻ってくる。彼女の指導医となったのは、当時父の執刀医を務めた広瀬だった。当初は父の死の真相を探ることを目的としていた華子であったが、一癖も二癖もある患者との関わりの中で医師としての在り方を学び、また広瀬の医師としての高潔さに惹かれてゆく。一方、泰造亡き後の院長の座を狙う、理沙子の元婚約者であった内科医の西村と外科医である広瀬の医局内での対立も、オーナーとなった三姉妹を中心とした愛憎劇の様相を呈し複雑化してゆく。
「医療マンガ」としての観点
研修医としての華子の立場から、「脳死」「末期がんと終末医療」「骨髄移植のドナーとレシピエント」といった同時代の医療が抱える問題に切り込むジャーナリスティックな物語構造は『ブラックジャックによろしく』を彷彿とさせ、かつ10年以上先駆けていることは特筆に値する。「ブラよろ」の斉藤英二郎よろしく、華子は医療ミスや病院側の落ち度を隠蔽しようとする同僚、患者のプライバシーに踏み込むマスコミの横暴を一切許さず徹底的に立ち向かう。研修医という未熟さは華子を過ちや挫折へと追いやることもあるが、どこまでも患者に寄り添い、清廉であろう、白く在ろうという華子の矜持は、医師としての理想の在り方の一つだろう。
そして、『白の条件』がより巧みなのは、主要人物である野田家の三姉妹が、「病院のオーナー」でもあるという点にある。実質的な経営者となった涼子は、自身に取り入ろうとする男たちを利用しつつ、理想論を掲げ、経営状況を一顧だにしない華子と対立し、華子の理想を相対化する。2人の間で「何も持たない」理沙子は、女としての武器を駆使して院長夫人の座に執着し、姉妹の恋仲を掻き回す。華子が理想を貫けるのも、「オーナー」という立場を諫められるものが不在だからである(一介の研修医に過ぎない斉藤との違いはここにある)。また、それぞれの思い人が次期院長の有力候補であることで、病院内での政局と恋愛事情が絡んだ人間模様が、強力な躍動感を以て物語を牽引するのだ。短い物語の中に医療マンガとしての読ませどころが密度高く詰め込まれた傑作である。