「立ち行かない」が、かけがえのない精神科病棟で過ごした「青春」の日々
- キーワード
- セミフィクション強迫神経症摂食障害精神科病棟
- 作者
- もつお
- 作品
- 『精神科病棟の青春――あるいは高校時代の特別な1年間について』
- 初出
- 描きおろし
- 単行本
- 『精神科病棟の青春――あるいは高校時代の特別な1年間について』 (KADOKAWA、2023 年)
※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。
作品概要
高校2年生の主人公、加藤ミモリは摂食障害により精神科病棟での入院生活を送っている。そこは、同じ年齢の高校生たちが過ごしている世界とはまったく異なる外部から遮断された閉鎖病棟で、強迫神経症やミモリと同じ摂食障害など、それぞれの問題を抱えて生きる人々とやがて交流するようになる。それまでは周囲にうまく合わせられないことを「変」だとみなす学校や社会の規範に組み込まれ、周囲の視線に過敏であったミモリが、年齢もさまざまで背景もよくわからない個性的な入院患者たちとの交流を通して、あるがままの自分を受け入れられるようになっていく。楽しみにしていたはずの母親との面会の際には、複雑で不安定な気持ちをうまく制御できずに関係がよりぎくしゃくしてしまうなど、思春期ならではの葛藤も丁寧に描かれている。
「医療マンガ」としての観点
「シリーズ 立ち行かないわたしたち」の一冊として、「セミフィクション」の趣向が強調されている。作者自身が高校時代に強迫神経症を発症して精神科病院に入院した経験を描いた自伝的エッセイマンガ『高校生のわたしが精神科病院に入り自分のなかの神様とさよならするまで』(KADOKAWA、2021)を先行して発表している。多感な10 代の時期の繊細な心の揺れ動き、拒食と過食を繰り返し、自分の心の安寧のために自分だけの神様を創り出してしまっていた日々が当時者の視点から綴られる。
本作は自伝的エッセイマンガであった先行作とは異なる「セミフィクション」であり、作者の実体験を基にした上でフィクションの物語を重ね合わせて展開される点に特色がある。精神科病棟で主人公のミモリが出会う人たちの年齢はさまざまで、皆それぞれに問題を抱えている。
それまでの学校空間とはまったく異なる、特殊な環境になじめるか当初こそ不安を抱いていたミモリも、ぶっきらぼうでも例外なく繊細な入院患者たちの人間性を徐々に理解し、やがてこの病棟こそ「いろいろな制限があるのに家にいるよりも自由な気がする」と思うまでになる。しかしながら、精神科病棟は外の世界に再び戻るための移行期間を過ごす医療施設に過ぎず、永遠の居場所とすることはできない。
実体験を自伝的背景に据えながら、登場人物やエピソードをフィクションとして作り上げていく本作の試みは、作者にとっても新機軸となったのではないか。主人公の視点を通して精神科病棟で共同生活を送る個性的な面々が描かれており、それぞれが皆葛藤しながら自らの問題に向き合っている姿や彼らとの交流を通して、ミモリは人生をより豊かに生きていく上での多くの学びを得ていく。精神科の閉鎖病棟で過ごした高校時代の1年間を振り返った時に、「いびつで格好悪くて全然キラキラなんてしてなかったけど」、いずれ「青春」と呼べる日がくるかもしれないと思えるほど、ミモリにとってはかけがえのない特別な体験となる。
退院して病院の外で新しい人生をスタートしていく主人公や周囲の人たちは理想的に描かれ過ぎている側面もあるだろうが、実体験を基に望みをフィクションの形で託して再構成された「セミフィクション」だからこそ、「立ち行かない人生」「ままならない人生」を送っているかもしれない人たちが本書に安寧を見いだすことができるかもしれない。その点に、本書および本シリーズの魅力が込められている。