日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

ルシフェルの右手

「誰かの命を救うために誰かの命を奪う」ことの意味を問う

ルシフェルの右手
キーワード
外科医療臓器移植
作者
芹沢直樹
作品
『ルシフェルの右手』
初出
『モーニング』(講談社、2010年13号-2011年44号)
単行本
『ルシフェルの右手』(講談社、モーニングKC、全6巻、2010-2011年)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 アフリカ某国で、ボランティア医療に携わっていた大学病院勤務の外科医、勝海(かつみ)由宇(ゆう)は、ある時、突如勃発した内戦に巻き込まれ、反政府ゲリラに拉致される。そこで新たな居場所を見出した勝海だったが、新政府による反政府ゲリラ掃討作戦で、自分の救った命が次々と奪われる状況を目の当たりにし、機関銃を、政府軍に放つのだった。
 命を救うはずの医者が人の命を奪ったことで自分を責める勝海は、自戒の意味を込め、堕天使ルシフェルのタトゥーを右手に彫り、失意のまま日本に戻る。自暴自棄の生活を送る中、成り行きで、ヤクザや外国人など、国民健康保険に入っていないような「ワケありな患者」ばかりを相手にしている皆戸野が経営する横浜の小さな医院を手伝うことに。
 その皆戸野が、かつて、自らの人生を棒に振って、母親を救ってくれた医者だったと気付いた勝海は、もう一度医師という仕事と向かい合うことを決意するのだった……。

「医療マンガ」としての観点

 本作で、主人公は、「誰かの命を救うために誰かの命を奪った」ということに悩み続けるが、この葛藤を医療的な問いに置き換えると、脳死認定~臓器移植を巡る倫理論争と見なすことができるだろう。
 実際、この作品では、臓器移植に関する手術が、重要な要素として繰り返し登場する。皆戸野をフォローする形で初めて一緒にオペ室に入った時の手術も、ある脳死体から臓器を摘出し、その父親であるヤクザの組長に移植するというものだった。「これは正規の手続きにのっとった手術か!?」と問う勝海に対し、皆戸野は「偽善だけじゃメシは食えねェんだよ!!」と言い放った上で、「ウチで働く気はねェか!?」と勝海を誘うのだった。
 また、前途有望だった若き皆戸野が、少年時代の勝海と運命の出会いを果たすのも、勝海の母親に対して行った臓器移植手術の際だった。「当時の日本ではまだ脳死が人間の死という考え方は少数派」だったため「院内の反・皆戸野派にやり玉に挙げられ皆戸野は大学病院を去ることになった」が、「組織のルールに縛られて救えなかった命をいくつも見てきた」皆戸野が、「オレはオレの道を進む」ということを決意させるきっかけともなったのだった。
 臓器移植をテーマとする最新のマンガ作品としては、法で裁かれない悪人を暗殺し、臓器移植のドナーとする女子高生が主人公のナガテユカ『ギフト±』がある。文化人類学者の出口顕は、やなせたかし「アンパンマン」を題材に、臓器移植を巡る倫理問題を論じている。合わせて読まれたい。

【執筆者プロフィール】

イトウユウ
1974年愛知県生まれ。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学。専門は民俗学・マンガ研究。国際マンガ研究センター所属の京都精華大学特任准教授として、京都国際マンガミュージアム他で数多くのマンガ展を制作してきた。「マンガミュージアム研究会」として、ウェブサイト「マンガ展のしくみ」を運営。

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