日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

「以前」「以後」「この先」
マンガが描く感染症

リウーを待ちながら

渦中にある私たちに強く鋭く響く

リウーを待ちながら
キーワード
サスペンス感染症現代社会論
作者
朱戸アオ
作品
『リウーを待ちながら』
初出
『イブニング』(講談社、2017年3号-2018年4号)
単行本
『リウーを待ちながら』(講談社、イブニングKC、全3巻、2017-2018年)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 新型コロナウイルスの蔓延により、世界および日常のあり方が大きく変容してしまっている只中(2020年4月初旬現在)、アルベール・カミュの小説『ペスト』(1947)、小松左京のSF小説『復活の日』(1964)から、パニックサスペンス映画『感染列島』(2009)、『コンテイジョン』(アメリカ、2011)など感染症をめぐる文学や歴史、エンターテインメント作品にあらためて注目が集まっている。
 感染症サスペンスマンガ『リウーを待ちながら』(朱戸アオ、講談社『イブニング』にて連載、2017-18)は、今後さまざまに注目される作品となるはずだ。題名の「リウー」がカミュの『ペスト』に登場する医師の名前に由来するように、現代版『ペスト』として、「現代の日本に新型ペストが発生したら」を描く物語である。富士山麓にある自衛隊の駐屯地で隊員たちが吐血し、昏倒する事例が立て続けに起こる。女性内科医師の玉木涼穂と、疫学研究所の感染症研究者・原神の2人を軸に、凶暴に変異を遂げていく悪夢の細菌に立ち向かう。首相は逸早く新型ウイルスエンザ等対策特別措置法に基づき「緊急事態宣言」を発令し、それを受けて静岡県知事は感染の蔓延を防止するために交通の遮断要請を行う。つまり、当該地区は隔離されてしまうことになるわけだが、現行の感染症法で認められている法律上の権限をめぐり首相がメディアに追究される一コマも描かれている。もしある地区で感染症が蔓延する事態が発生したとしたら、人は、社会は、どのように動き、機能するのかをめぐる現代社会のシミュレーションとなっており、SNS時代のメディア・リテラシー、排除や差別などの社会的テーマにも目配りがなされている。
 物語の下敷きとされているカミュの『ペスト』が作中で導入される仕掛けとして、登場人物の一人が書店で、今話題の一冊として新潮文庫版の『ペスト』に出会う場面があるのだが、書店での「感染症予防のためお釣りなしでお願いします」、「一度お手をふれた本は必ずご購入ください」といったやりとりなど細部の描写がこの物語のリアリティを支えている。
 そもそもなぜ日本にこの感染症が入り込むことになったのか。ウズベキスタン=キルギス大震災が起こった際に救助隊として自衛隊が参加したことに由来するという設定が施されている。ペストは確かに1926年を最後に日本では感染者が報告されていないが、世界に目を向ければ、21世紀現在もなおペストは過去の疫病ではなく、現実の脅威であり続けている。

 著者自身の文章やインタビューによれば、この『リウーを待ちながら』の企画は、2011年に刊行された著者にとっての最初の単行本『Final Phase』(PHP研究所)に遡り、その際の制約により一巻本の分量でまとめられた作品の拡大版として構想されたという。『Final Phase』はハンタウイルスというげっ歯類を媒介にしたウイルスが都心の湾岸地区で蔓延していくパンデミック・サスペンスものであり、主要人物など多くの要素が通底している。発展版としての『リウーを待ちながら』の大きな変化としては、『Final Phase』製作時に著者が経験した東日本大震災「以後」の世相が反映されているところにあるようだ。確かに『リウーを待ちながら』では愛する存在を失ってしまった者たちがしばしば幻影に囚われる。「あの時こうしていたら」、「こんなことになるのであればもっと優しく接していればよかった」などの様々な後悔や自責の念が幻影として現れるのだ。
 本書は様々な人生訓に満ちており、渦中にある私たちにより一層鋭く響く。

「この世界にはコントロールできる事とできない事があるんだ。もっとあきらめながら頑張らないと続かないぞ」

 決して楽観視せず、それでいて悲観しすぎることもなく、気長に根気強く向き合っていく姿勢が求められているのだろう。「只中」を生き延び、喪失感を抱えなから「以後」の世界を見据える主人公の姿が凛々しく美しい。

Final Phase

 感染症をめぐるパニックサスペンスものは映画を含めて様々に描かれてきたが、カミュの『ペスト』や、作者が参考文献として言及しているエボラ出血熱をめぐるローリー・ギャレットによる医療ノンフィクション『カミング・プレイグ 迫りくる病原体の恐怖(上・下)』(河出書房新社、2000年)、東日本大震災後の心のあり方をめぐる災害社会学による事例研究である金菱清ゼミナール編『呼び覚まされる 霊性の震災学』(新曜社、2016年)などを咀嚼した上で、マンガという視覚メディアで表現されている点に本作の特色がある。著者は東京藝大建築科の出身であるようで、医療や感染症について特化して学んだ背景こそないものの、綿密な取材をもとに独自の医療マンガジャンルを切り拓いている。中でもこの『リウーを待ちながら』は文明論の趣を持つ隠れた傑作といえる。現在の著者は『イブニング』にて寄生虫専門の科学者を主人公とする異色の医療ミステリーマンガ『インハンド』(『ネメシスの杖』改題、2013- )を連載中であり、2019年には山下智久主演によりTBS系列でテレビドラマ化もなされている。
 感染症パニックサスペンスマンガとしての『リウーを待ちながら』は、新型コロナウイルス蔓延「以前」に描かれた作品である。にもかかわらず、渦中の我々の現実を連想せずにはもはや捉えることができない説得力を持っている。
そして、「以後」の世界にある我々の未来を指し示してくれているようにも思える。

【執筆者プロフィール】

中垣 恒太郎(なかがき こうたろう)
専修大学文学部英語英米文学科教授。アメリカ文学・比較メディア文化研究専攻。日本グラフィック・メディスン協会、日本マンガ学会海外マンガ交流部会、女性MANGA研究プロジェクトなどに参加。文学的想像力の応用可能性の観点から「医療マンガ」、「グラフィック・メモワール」に関心を寄せています。