日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

お別れホスピタル

生々しくやさしく描かれる終末期病棟の「日常」

お別れホスピタル
キーワード
終末期病棟老老介護認知症
作者
沖田×華
作品
『お別れホスピタル』
初出
『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館、2018年4・5合併号-連載中)
単行本
『お別れホスピタル』(小学館、ビッグコミックス、既刊5巻、2018年-)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 自身の障害や体験を題材にしたエッセイマンガを得意とする作者によるフィクション作品。
 終末期病棟で働きはじめて2年目の看護師・辺見の視点から、毎回、ゲストキャラクター(主に患者や患者家族)の終末期病棟での様子が、一話完結の連作形式で語られていく。
 ゲストキャラクターはそれぞれ問題を抱えており、それらは認知症から老々介護、孤独、家族との不和、植物状態、自殺と、重たいモノであるが、一方で作中ではそれぞれの抱える問題ゆえの笑える話も数多く描かれる。
悲劇・喜劇が簡単に入れ替わる終末期病棟の「日常」が生々しい。

「医療マンガ」としての観点

 多くの人にとって本作の「医療マンガ」としての第一の魅力は、縁遠いけれどいずれ患者として関わる可能性のある、終末期病棟の様子およびその多様性を見せてくれることだろう。
 各話のストーリーは、作者の看護師時代の経験や当時の同僚の話を元にしているということで、作中の突飛とも思える出来事も、作者の「実話系エッセイマンガ」的な語り口も相まって、「本当にそんなことが起きるのだ」とスッと実感を持って読み進めることができる。さらに本作は1話完結のため次々と現れるゲストキャラクターを通して、自身の一生においてはおそらく一度しか経験しないだろう、死に向かう状況の一様でなさを確認することができるのである。
 一方で、本作は一種の「あるあるネタ」としても楽しまれているらしい。ネット上の感想などを見てみると、「介護士」など主人公と近い立場にいると思われる方から、本作が単に共感を呼ぶ話としてだけでなく、特殊な「日常」における笑える「あるあるネタ」として楽しまれている様子が伺えるのである。
 医療従事者も人間であり、様々な事情を抱えていて、好きな患者もいれば嫌いな患者も当然いる。「ゴミ捨て場」とまで表現される終末期医療の現実の厳しさが描かれた直後に、そんな中でも人生の最後まで性愛に振り回さる人の可笑しみを描かれる。この良い悪いを超え、悲劇・喜劇がまじりあった世界が終末期医療を「日常」として生きる医療従事者の紛れもない実感なのだろう。
 泣き笑い、くだらなかったり下品だったり、せつなかったり怒りを覚えたり、ひとつの言葉におさまりきらない感情を巻き起こす「日常」を描く作者の筆致のやさしさが、様々な人間の人生の終わりを肯定してくれる。

【執筆者プロフィール】

市川圭(いちかわ けい)
1984年福島県生まれ。京都精華大学大学院芸術研究科博士後期課程退学。2017年より京都国際マンガミュージアム図書(日本アスペクトコア業務委託)勤務スタッフ。

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