日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

王の病室

『ブラックジャックによろしく』の流れを汲む「医療クライシス」時代の研修医の物語

王の病室
キーワード
医療クライシス医療保険制度研修医診療保険制度
作者
原作:灰吹ジジ
漫画:中西淳
作品
『王の病室』
初出
『週刊ヤングマガジン』(2023 年第28 号~第52 号)
単行本
『王の病室』(講談社、2023 年)全3巻

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 中規模の急性期総合病院(二次救急)にて初期研修医として勤め始めたばかりの赤城誠一の視点から、現在の医療をめぐる問題点を浮かび上がらせる。不採算経営で自身の診療所を倒産させた父を反面教師に「ラクで稼げるクリニック医」を目指していた赤城であったが、少子高齢化が進む中、「適度に殺すのも医者の仕事だ」という先輩医師の言葉に戸惑い、葛藤を抱きながらも目の前の患者と向き合っていく。

「医療マンガ」としての観点

 『ブラックジャックによろしく』(佐藤秀峰)の流れを汲む研修医の理想と現実に焦点を当てた「研修医もの」であり、各医療者の登場人物にそれぞれの年収が表示されている。「空前の医学部受験ブーム」が沸き起こった2010 年代の流れを受け、社会的地位、高収入が約束されているかに見える医師の世界ではあるが、はたして、その社会的/倫理的責任に対し、報酬が釣り合うのかという問題提起がなされている。
 かねてから、人口の約30%が65 歳以上となる2025 年頃を「医療クライシス」と捉えて、医療費・介護費の増大、医療領域の労働者不足、医療保険制度の持続可能性などの問題に対し懸念が示されてきたが、少子高齢化の傾向は当初の想定よりも加速している。
 医療保険制度、診療報酬制度がどのような原理で動いているか、初期研修医である主人公が先輩医師からあらためて教えを受けるという図式を通して、日本の医療をめぐる現況が浮かび上がってくる。健康保険の加入者は高額療養費制度により実際に支払う医療費の上限が設定されており、医療費の大部分は医療保険によって賄われる。制度が安定して維持できる状況においては「王様」に対するかのような手厚い医療体制は理想的であるが、財源も人材もこれまで通りには維持できない状況が想定される中で、はたして何にどのように優先順位をつけることがこれから求められるのか。現在の情報化社会の中にあってはナイーブ過ぎるとも言える主人公の視点を通して、医療にまつわる本音と建前、理想と現実をめぐる議論が本作の焦点となっている。
 全編にわたってシリアスでシニカルなストーリー展開が本作の特色となっており、もともとは「ラクで稼げるクリニック医」を目指していたはずの主人公が、やがて献身的な医師への道を歩んでいく。『ブラックジャックによろしく』の流れを汲む研修医を主人公とする物語が、難治性の症例や医療現場をめぐる最新の課題に合わせてアップデートされている。

【執筆者プロフィール】

中垣 恒太郎(なかがき こうたろう)
専修大学文学部英語英米文学科教授。アメリカ文学・比較メディア文化研究専攻。日本グラフィック・メディスン協会、日本マンガ学会海外マンガ交流部会、女性MANGA研究プロジェクトなどに参加。文学的想像力の応用可能性の観点から「医療マンガ」、「グラフィック・メモワール」に関心を寄せています。

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