「小林よしのり」という個性を通して体験する「白内障」
- キーワード
- 白内障
- 作者
- 小林よしのり
- 作品
- 『目の玉日記』
- 初出
- 単行本に初出情報記載なし
- 単行本
- 『目の玉日記』(小学館、2006年)
作品概要
小林よしのりは、ギャグマンガ『おぼっちゃまくん』のヒットで知られるだけでなく、『ゴーマニズム宣言』以降はエッセイ形式で時事問題などを批評的に、政治的な主張を込めて語る作品を継続して描いており、現代日本のマンガ家として特異な地位を築いている。
本作は、そんな特異なマンガ家の闘病エッセイマンガである。病名は「白内障」。作中では多くの闘病エッセイ同様に、病気の兆候から発症、そして通院からの病院を変えての手術、術後の心境の変化までを丁寧に描かれる。
多くの闘病記と違う点があるとすれば、作者「小林よしのり」自身がまるでギャグマンガの登場人物のように縦横無尽に活躍することだろう。作中で作者自身を戯画化し、キャラとして使いこなす手法は、『ゴーマニズム宣言』シリーズですでにお馴染みのものだが、目の病いというマンガ家にとって致命的な病気が引き起こす悲喜こもごもが「小林よしのり」というキャラクターをより魅力的にみせてくれる。突然に怒りだしたり、しょうもないことを恥ずかしがったり、情けなく泣き叫んだかと思うと美形キャラになってキメ顔をしたり、という百面相ぶりに振り回されながら、読者は楽しく闘病記を読み進めることができる。
「医療マンガ」としての観点
本作の「医療マンガ」としての美点は、寿命が延びたことによって多くの人が経験するだろう「白内障」の予習ができることはもちろん、作者自身があとがきで「患者からどのように見えているのかを報告する手段としては、マンガという手段は大変有効ではないでしょうか?」と述べている通り、ベテランマンガ家の手腕で、白内障の進んだ目にから見た世界(「世界は白く霞んでいてギラギラと乱反射している!」)や、まるで実況中継のように語られる患者目線での手術の様子(「いよいよ目の中にレンズが入ってきた!」)など、作者の主観的な経験を、マンガ的に追体験できる点だろう。
自分が今まさにあたり前のように読んでいるこのマンガも、「目の玉」というレンズを通さなければ読むことはできず、このレンズの不調でこのあたり前は簡単に失われてしまうものなのだと、目の前のマンガによって気づかされる体験は貴重である。
このような病状の描写以外にも「わしの珍しい体験を楽しんでもらう」という意気込みで作られたという本作は、例えば作中に登場する医者の姿ひとつでも、『ゴーマニズム宣言』などの読者にはお馴染みだろうが、作者が怖がっているときにはとても恐ろしく、作者が信頼しているときにはとても立派に、同じ人物が作者の主観を反映させられる形で場面によってはっきり描き分けられるなど、全編を通して「白内障」にまつわる様々な事態を「小林よしのり」という個性を通して体験できるつくりになっている。
作者の強烈な個性は、翻って読者の自身ならどんな選択をするか考えるひとつの指標にもなるだろう。そういう意味でも本作は、自分と自分の「目の玉」、そしてその健康を改めて意識させてくれる優れた「医療マンガ」である。