日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

末期ガンでも元気です――38歳エロ漫画家、大腸ガンになる

病と共に生きる日常を綴った闘病エッセイマンガの名作

末期ガンでも元気です――38歳エロ漫画家、大腸ガンになる
キーワード
大腸がん闘病エッセイマンガ
作者
ひるなま
作品
『末期ガンでも元気です――38歳エロ漫画家、大腸ガンになる』
初出
WEBコミック「ポラリス」(2020-21)
単行本
『末期ガンでも元気です――38歳エロ漫画家、大腸ガンになる』(フレックスコミックス、2021)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 BLマンガ家である著者による闘病エッセイマンガである。大腸がんの中でもめずらしい「横行結腸がん」(大腸がんの内約7%)の発覚に至る経緯から手術、術後までの1年ほどを描く。主人公である語り手はウサギの自画像で描かれており、症例の深刻さ、手術後の痛みの激しさなどに対し、パロディ精神あふれるユーモアに満ちていて前向きな姿勢に特色がある。セカンドオピニオンや抗がん剤治療、副作用についてなど洞察力に富んだ視点も読みどころになっている。作者はうつ病を患ったことがある夫のことも常に気遣っており、「第二の患者」としての家族についても丁寧に描かれている。さらに本書では、作者自身が「虐待サバイバー」として家族の問題を抱えていた背景が明かされ、入院の際の保証人をめぐる問題にも焦点を当てている。家庭環境の複雑さや多様化に対し、医療を含む行政が対応していくためには何が、どのように必要とされているのかをあらためて考えさせてくれる。
 作者はイラストレイター、同人誌などの活動を軸に、初めての単行本となる『陰の間に花』(芳文社、2019)の制作中にがんが発覚し、治療生活に入った。日本の中近世の庶民文化に造詣が深く、『陰の間に花』は江戸時代の男娼(陰間)にまつわるBLの物語である。

「医療マンガ」としての観点

 ウサギの自画像であり、小筆での執筆による独特の筆致により、写実的でシリアスな局面をもユーモラスに描くギャップに本作の特色がある。末期がんであることからも、どうしても深刻に受けとめざるをえなくなるが、今ある日常を前向きに捉える作者の姿勢、とぼけたユーモアに魅了されることだろう。大腸がんの性質上、排便や肛門の話は生々しいものになってしまうところを、ウサギの自画像によるマンガならではの表現によって和らげる効果が発揮されている。
 「横行結腸がん」というめずらしい症例の手記がなかなか見つからないものであったことも執筆の動機となったようであり、検診や医療保険への加入を促す啓発的な役割も盛り込まれている。超粘膜には痛覚神経がなく、作者がそうであったように自覚症状を持ちにくい。実際に「どうも胃の調子が悪い」と思って診療を受けた総合病院でも「気のせいではないか」と、しかるべき診断にたどりつくことができていない。健康である者にとっては見えてこないが、現在もなお多くの人が新たにがんの診断をされている現実がある。症例のあり方も、置かれている家族や社会のあり方もさまざまではあるが、本作はがんと共に生きた作者の生のあり方を示してくれている。とても残念なことに2022年12月12日に作者は逝去されてしまったが、作品に刻まれた「気持ち」とユーモアは時代をこえて読み継がれるべき名作である。

【執筆者プロフィール】

中垣 恒太郎(なかがき こうたろう)
専修大学文学部英語英米文学科教授。アメリカ文学・比較メディア文化研究専攻。日本グラフィック・メディスン協会、日本マンガ学会海外マンガ交流部会、女性MANGA研究プロジェクトなどに参加。文学的想像力の応用可能性の観点から「医療マンガ」、「グラフィック・メモワール」に関心を寄せています。

グラフィック・メディスン創刊準備号