日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

消えていく家族の顔―現役ヘルパーが描く認知症患者の生活

認知症患者から見える世界を描く物語

消えていく家族の顔―現役ヘルパーが描く認知症患者の生活
キーワード
介護ヘルパー老人性うつ若年性認知症認知症
作者
吉田美紀子
作品
『消えていく家族の顔―現役ヘルパーが描く認知症患者の生活』
初出
『本当にあった愉快な話 芸能ズキュン!』(竹書房、2019年7月号-2020年5月号)、『増刊 本当にあった愉快な話』(竹書房、2019年10月-2020年4月)
単行本
『消えていく家族の顔―現役ヘルパーが描く認知症患者の生活』(竹書房、2020年)

作品概要

 マンガ家と介護ヘルパーを兼務している作者によるエッセイマンガであり、実際の臨床経験に根差した多様な症例をめぐる家族模様が描かれている。認知症と一口にいっても、「アルツハイマー型認知症」、「軽度認知症」など症例も多種多様である。あるいは、「若年性認知症」、「レビー小体型認知症」、「血管性認知症」などもあり、うつ病との併発もある。それに伴う問題や気性、ふるまい方、家族の関わり方、各々の家族環境もさまざまである。認知症を患っている当事者の視点から見える世界をマンガで表現している。タイトルにある「消えていく家族の顔」とは、娘の顔がわからなくなり、今住んでいる家がどこであるかもわからなくなってしまっている状況を表している。当事者の「気持ち」をマンガならではのわかりやすく視覚に訴える手法で表現することにより、介護をめぐるそれぞれの状況をとりあげている。

「医療マンガ」としての観点

 著者はもともと20代から4コマ誌を中心に活躍してきたが、『40代女性マンガ家が訪問介護ヘルパーになったら』(2015年)によれば、40代を越えマンガ家としての発表の場も縮小し、新たにはじめた就職活動の中でめぐりあったのが介護職であったようだ。『消えていく家族の顔』と重なるエピソードも多く見られるが、「介護される側の視点で想像力を働かせて」描いたという本作と読み比べてみると、介護ヘルパー側、患者側と視点を変えることで世界の認識が変わっていくことに気づかされる。現場の経験に根差した作者だからこそ、個々の認知症患者が抱えている気持ちや不安を内側から描くことができるのだろう。複数の認知症の症例、要介護の事例が扱われていることからも、それぞれが抱えている日常生活の課題が見えてくる。
 また、認知症により記憶が混濁している様子や、不安や恐怖が作り出してしまう幻影などがマンガによって表現されている。患者の視点から見える世界のあり方に、読者も心を寄り添わせることによって、認知症を理解できないものではなく、誰しもに起こりうるものとして身近に感じることができる。
 エピソードの間に4コママンガとして挟み込まれているコラム「現役ヘルパーこぼれ話」では、作者自身による介護ヘルパー職を通しての感慨や気づき、エピソードに対する解説が示されている。たとえば、「認知症と老人性うつをケアする精神科もありますが、若年性の方のケアが足りてない」と思うという指摘など、「個人的見解です」という但し書きを加えながらも現場からの声として示唆に富んでいる。

【執筆者プロフィール】

中垣 恒太郎(なかがき こうたろう)
専修大学文学部英語英米文学科教授。アメリカ文学・比較メディア文化研究専攻。日本グラフィック・メディスン協会、日本マンガ学会海外マンガ交流部会、女性MANGA研究プロジェクトなどに参加。文学的想像力の応用可能性の観点から「医療マンガ」、「グラフィック・メモワール」に関心を寄せています。

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