フランスのコロナ禍第1波の医療現場をリアルに描いた貴重な資料
- キーワード
- COVID-19女性医師新型コロナウイルス
- 作者
- 原作:カリン・ラコンブ
原作・作画:フィアマ・ルザーティ
訳:大西愛子 - 作品
- 『「女医」カリン・ラコンブ』
- 単行本
- 『「女医」カリン・ラコンブ』(花伝社、全1巻、2021年)
作品概要
パリのサンタントワーヌ病院で感染症科長をつとめ、専門医として首相官邸のテレビ中継にも登壇したカリン・ラコンブ医師によるCOVID-19の実録マンガである。2019年末に中国で患者が現れてから、第1波が収束する2020年春までの様子が克明に描かれている。
病床のひっ迫やマスク・防護服の不足といったニュースでも取りざたされたことはもちろん、患者の移送先が見つからなかったり、治る見込みのない患者に対応せざるを得ない医療従事者の精神的な苦悩など、現場の生の声にあふれている。休暇中にも舞い込む数多の連絡や、まだ幼い娘との関係性といった、プライベートでの悩みもうかがえる。
彼女は男性社会であるフランスの医学界で一躍”時の人”になった。マスコミやSNSを通して情報発信につとめる彼女に、多くの誹謗中傷や暴言、脅迫が寄せられる。「ツイッターをやめたら」と提案するパートナーに対して、女性の数少ない発言の機会を奪われてはならないと毅然とした態度を貫く。
医療現場だけでなく、家庭を持ったひとりの人間として、そして男性社会に向き合う女性医師としてのコロナ奮闘記だ。
「医療マンガ」としての観点
カリン・ラコンブ医師以外にもう一人、重要な登場人物がいる。持病を持ちコロナ患者となった30代女性、リヴィアだ。彼女はさまざまな患者のエピソードから生まれた架空のキャラクターだが、本作に医療従事者だけでなく患者からの視点を提供してくれる。
リヴィアは感染が流行しはじめた2020年2月に旅行に出かけてから頭痛と全身の痛みを感じる。その約2週間後、咳が止まらなくなり病院で陽性と診断される。恋人からは自分も感染していたらどうするんだと責められ、隔離された入院生活ではテレビ電話での友人との会話が唯一の外界との接触手段だ。しかも持病によって治療もままならない彼女は、麻酔をかけられ気管挿管される。リヴィアが意識を失う前に連絡先リストに記載していたのは親友3人の名前だけ。患者の意思を尊重する病院は、恋人から連絡があっても彼女の状況を話せない。物語の中で彼女は奇跡的に回復する。現実にはそうでなかった患者もたくさんいただろう。リヴィアが意識不明の間の出来事が記された「命のノート」には、恋人からの「ごめん 愛してる」の言葉が残されていた。
この原稿を書いている2021年9月、ワクチンの接種は広まっているものの、残念ながら今の日本の医療現場は本作を過去の物語とするにはほど遠い状況だ。だからこそいま読まれるべき作品であり、またこのコロナ禍が過去のものとなったとき本作は貴重な資料となるだろう。