日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

医龍-Team Medical Dragon-

現代医療マンガのデファクトスタンダード

医龍-Team Medical Dragon-
キーワード
チーム医療バチスタ手術大学病院心臓外科教授戦
作者
乃木坂太郎
原案:永井明
医療監修:吉沼美恵
作品
『医龍-Team Medical Dragon-』
初出
『ビッグコミックスペリオール』2002年10月号~2011年4号
単行本
『医龍-Team Medical Dragon-』(小学館、ビッグコミックス、全25巻、2002-2011、Kindle版あり)

作品概要

 明真大学附属病院で助教授を務める加藤晶は、若くして心臓外科医を務める才媛である。加藤は次期教授戦での昇進をにらみ、東北の寒村で爛れた生活を送っている朝田龍太郎の元を訪ねた。かつて紛争地域で伝説と呼ばれた医療チーム「医龍」を率いていた不世出の外科医・朝田を、自身の「バチスタ手術」論文執筆のための切り札とするために。朝田は加藤とともに、うだつの上がらない研修医の伊集院や麻酔薬での酩酊癖のある麻酔科医・荒瀬ら一癖も二癖もある医者を勧誘し新たな「バチスタチーム」を結成、困難な症例を朝田の奇跡的な手腕で切り抜け次々に成果を上げてゆく。一方、加藤の上司である心臓外科教授・野口賢雄や、朝田を高く評価するERの教授鬼頭直人らも教授戦に向け候補を擁立、医局内での政争は混沌の様相を呈していく。

「医療マンガ」としての観点

 医局内での政治闘争である「教授戦」と、そこで勝ち抜くための活路である「バチスタ手術」、この2つのイベントを両輪に物語が進行する。医療ドラマの金字塔『白い巨塔』でも主題となった教授戦だが、意外にも正面から取り上げた医療マンガはほとんど存在しない。些細なミスや派閥の趨勢が命取りとなり、医局からの追放という末路もありうる大学病院の絶対的な権力構造の中で、使命感を摩耗させていく医師の姿は哀愁を誘う。教授戦はそうした封建的な人間模様の縮図である。一方、そうした権力構造に頓着しない朝田の存在はトリックスターとして彼に関わる人々を奮起させてゆく。約9年という長期連載期間の中で、物語に登場するほとんどの人物にスポットライトが当てられ、朝田との関わりの中で大なり小なりの「変節」がもたらされる人間ドラマも見どころの一つであろう。もう一人の主人公ともいえる研修医・伊集院の成長は大きな比重を占めているが、特にかつての朝田の同僚であり、彼を追放することで保身を図った霧島軍司の改心と、物語全編を通してバチスタチームの障害となる、心臓外科の首領・野口の権力への妄執は「敵ながら」読者をぐいぐい引き込む魅力を放っている。
 朝田が率いるバチスタチームが挑む「バチスタ手術」1も、従来の医療マンガとは一線を画している。作中では医療行為の際に飛び交う専門用語が注釈付きとはいえ躊躇なく用いられ、過程を省略されがちな手術そのものが丹念に描かれている。この「手術」それ自体をクライマックスシーンに据えるという方法は『医龍』以降本格化していくと言っていいだろう。バチスタチーム自体の描写も興味深い。敵味方ともにその技術を称賛する紛れもない「スーパードクター」である朝田だが、彼の本分はあくまで外科医であり、命に係わる心臓疾患や傷病を抱えた患者に対しても彼一人のスタンドプレーが行われることはない。手術シーンでは第一助手、第二助手、オペ看、麻酔科医といった役職の連係プレーが描かれ、バチスタチームによる「チーム医療」が患者を回復させるというプロセスが反復される。また、朝田の超絶技巧でも患者を救うことができない、朝田の手腕に他の医者が追随できなかった結果患者が死亡するというエピソードも挿入される。そこで描かれているのは従来のスーパードクター幻想の解体であり、新たなスーパードクター像の創造である。

【執筆者プロフィール】

小林翔
日本グラフィック・メディスン協会理事、専門はアニメーション研究・メディア研究。日本マンガ学会編集委員、日本アニメーション学会研究教育委員などを務める。「音声」というテーマからアニメーション表現の分析し、それらの文化的受容に関心があります。

グラフィック・メディスン創刊準備号