日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

陽だまりの樹

幕末の蘭方医と武士の数奇な運命を、近代医療の幕開けとともに描いた大河ドラマ

陽だまりの樹
キーワード
伝染病医療史幕末蘭学軍医
作者
手塚治虫
作品
『陽だまりの樹』
初出
『ビッグコミック』(小学館、1981年4月25日号-1986年12月25日号連載)
単行本
『陽だまりの樹』(小学館、ビッグコミックス、全11巻、1983-1987年)

作品概要

 幕末の世、内政が腐敗していた江戸幕府は、見た目は立派でも内部はシロアリに食い荒らされている「陽だまりの樹」のようであった。幕府への忠誠心は篤いが一本鎗な性格で世渡り下手な下級藩士・伊武谷万二郎と、放蕩癖があるが近代医学への関心は高い蘭方医・手塚良庵の二人を主人公に、それぞれの人生や恋模様が複雑に交錯しながら、日本の近代化という激動の時代を生き抜くさまを描いた大河ドラマ仕立ての連載作品である。
 手塚良庵(のちに良仙の名を継ぐ)は実在の人物であり、また作者・手塚治虫の曽祖父でもある。手塚良庵のキャラクターやエピソードは評伝などの記録をもとに描かれているのに対し、伊武谷万二郎は安政の大地震やハリス駐在、桜田門外の変、戊辰戦争など幕末のさまざまな史実と密接にからむ架空の人物として描かれ、フィクション寄りの歴史エンターテインメントとして楽しめる作品となっている。
 作中の大きなテーマである「日本の近代化」の重要な描写として「貪欲な学問への取り組み」がある。手塚良庵は大坂で緒方洪庵が開いた「適塾」の門下生として学び、蘭方医として解剖学的な西洋医学の知見を深め、偏見と戦い天然痘やコレラといった伝染病に立ち向かっていく。いわゆる「幕末の志士」の描写よりも、医療を含めた「学問」が新たな時代を切り開いていく状況を特に魅力的に描いた作品である。

「医療マンガ」としての観点

 「医療マンガ」としての本作の見どころは二つあり、前半は天然痘ワクチンの牛痘をめぐる迷信や漢方医の嫌がらせをはねのけ江戸にお玉ヶ池種痘所(東京大学医学部の前身)を設立するという近代医療の幕開けについて、後半は「軍医」として戦争に立ち合い歴史の運命に翻弄される医師についてである。特に前半については、国家内政の形骸化・弱体化とともに伝染病とデマゴーグがはびこるという現代日本の新型コロナ禍に通じるテーマであり、現在(2020年)ぜひとも読まれるべき作品である。後半は戦地に向かう兵を治療する虚しさが描かれ、また軍医の草分けである手塚良庵自身が西南戦争の従軍先で亡くなったことが語られてこの物語のラストシーンとなる。
 サイドストーリーとして、本作には適塾の「同期」として手塚良庵と福沢諭吉が机を並べるシーンがあり、評伝に基づく二人の間のコミカルなエピソードも描かれている。作中の時代のあとの史実を記述すると、明治に入り福沢諭吉は1882年に『時事新報』を創刊し、後に『時事新報』の日曜版には今泉一瓢や北沢楽天による『時事漫画』が掲載される。福沢諭吉の義理の甥にあたる今泉一瓢は “caricature”の訳語として現代につながる「漫画(マンガ)」の言葉を定着させ、北沢楽天は「漫画家」という職業を成立させたとされている。
 適塾は大阪大学の源流となり、手塚良庵のひ孫の手塚治虫は、軍医育成を目的とした大阪大学医学専門部を卒業しつつも職業漫画家を選択した。そして手塚治虫は『ブラック・ジャック』で医療マンガを開拓し、二人を描いた『陽だまりの樹』を発表する。歴史的に交錯する「医療」と「マンガ」をとりまく浅からぬ縁は、まるで手塚良庵と伊武谷万二郎の関係性のようでもあり、そうした後日譚ともいえる歴史的背景を含めて楽しめるのが本作である。

【執筆者プロフィール】

池川 佳宏(いけがわ よしひろ)
出版社、IT企業勤務を経てマンガの電子化や復刊プロデュース業に従事。2010年より文化庁メディア芸術事業に携わり、メディア芸術データベース(開発版)マンガ分野コーディネーターとして「日本のマンガはいくつあるか」を調査・公開した(2018年まで)。マンガ研究者として「雑誌書誌の巻号や日付に関する報告」(『マンガ研究』日本マンガ学会 vol.24)の発表などがある。