日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

話し足りないことはない? 対人不安が和らぐグループセラピー

人と対話する「場」の大切さをさりげなく描く北欧マンガ

話し足りないことはない? 対人不安が和らぐグループセラピー
キーワード
グループセラピーパニック障害対人不安対人恐怖症集団精神療法
作者
著者:アンナ・フィスケ
訳者:枇谷玲子
作品
『話し足りないことはない? 対人不安が和らぐグループセラピー』
単行本
『話し足りないことはない? 対人不安が和らぐグループセラピー』(晶文社、全1巻、2019年)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 軽度の対人恐怖症を抱える6人の男女が参加する週1回のグループセラピーの様子と、各参加者の日常生活が交互に描かれる。
 実母との関係がうまくいかない女性マーリ、家でも職場でも独りの男性ペール、夫の浮気と別居で情緒不安定になった初老女性グレータなど、年齢も仕事も境遇もバラバラの参加者が、グループセラピーを通して他人とのコミュニケーションへの不安を和らげていく過程を描いた北欧の作品。

「医療マンガ」としての観点

 表紙に描かれているのは6人の足。革靴にスニーカー、ヒールの高いブーツにペタンコのパンプス、と靴を見ただけでグループセラピー参加者の属性がバラバラなことがうかがえる。唯一の共通点は、軽度の対人恐怖症を抱えていることだ。
 対人恐怖症といっても人との付き合いが少し苦手という程度で、決して特別なものではない。このマンガにしばしば現れる無言のコマは、会話が途切れてしまった時の、誰にでも身に覚えのある気まずい空気感をうまく表している。
 セラピストは、グループセラピーを「自分たちの社会的境界線(ボーダー)や限界を探る、人付き合いの実験の場」だと言い、全員の意見を否定せずに会話をうまく引き出していく。
 本書の日本語タイトルは、セラピストのセリフから来ている。ある日のグループセラピーで、パニック障害を抱えるアリは幼なじみが自殺したことを話す。奥さんも子どももいて自殺するなんて自分勝手だとアリは主張する。彼の発言を受けて、他のメンバーが家族の自殺未遂を告白する。長い沈黙のあと、セラピストがアリに尋ねるセリフが「話し足りないことはない?」。アリは「余計なことを言いすぎたって、ちょっぴり後悔してるぐらいさ」と答える。自殺というセンシティブな話題は、グループセラピーのような「場」がなければきっと話す機会もなく、アリの心に棘のように突き刺さったままだっただろう。
 「場」があるというのは大きなことだ。私もブックカフェを経営しているが、「場」があるからこそ生まれる対話や関係というものの大切さを日々実感している。
 訳者あとがきに「集団で悩みを共有することで、孤独を和らげる」グループセラピーは「うつ病や神経症、アルコール依存症などの治療に効果を挙げて」いると書かれている。誰かに話す機会もなくわだかまっている心の内を語ることで、共感を得られたり、自分とは異なる立場の意見を聞いて理解し合ったりする「場」の大切さを、本書はさりげなく私たちに教えてくれる。

【執筆者プロフィール】

森﨑 雅世(もりさき まさよ)
大阪・谷町六丁目にある海外コミックスのブックカフェ書肆喫茶moriの店主。海外のマンガに関する情報をTwitter、Instagram、Youtube、noteなどで発信しています。書肆喫茶moriのHP:https://bookcafe-mori.shopinfo.jp/

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