日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

がんまんが~私たちは大病している

「私たちは大病している」――誰しもに起こりうる突然の大病にどのように向き合うか?

がんまんが~私たちは大病している
キーワード
人工肛門(ストーマ)大腸がん自伝マンガ闘病エッセイマンガ
作者
内田春菊
作品
『がんまんが~私たちは大病している』
初出
電子書籍レンタルサイト「Renta!」(2017年8月24日配信-12月14日配信)
単行本
『がんまんが~私たちは大病している』(ぶんか社、2018年)

作品概要

 『がんまんが~私たちは大病している』は、直腸がんが発覚してから人工肛門(ストーマ)を造設するに至るまでをめぐるエッセイマンガである。サブタイトルに込められているように、作者は『南くんの恋人』(1986-87年)をはじめとするストーリーマンガ作品に加え、1993年に開始されて以後、現在なおも継続されている『私たちは繁殖している』(1993- )の自伝的エッセイマンガを代表作に持つ。『私たちは繁殖している』はシングルマザーとしての第一子の妊娠、出産、育児からはじまり、その後も計4人の子どもたちとの日常をめぐる一代記となっており2020年までに累計19冊の単行本にまとめられている。妊婦および新米の母親が直面する当時の因習的な価値観が、時にコミカルに、時にラディカルに乗り越えられていく。

「医療マンガ」としての観点

 『がんまんが』は『私たちは繁殖している』の番外編として位置づけられる作品であり、直腸がんの発覚以後の家族生活の様子が綴られている。がんと向き合うことになってからも、たとえそれまでの日常とは異なる形となるにしても日常の生活は続く。思春期を迎えた子どもたちとの生活、年下の恋人と別れたばかりであった私生活、マンガ家として、そして役者や講師などもつとめる仕事をめぐる状況など、闘病エッセイマンガの枠組みからは闘病生活以外の要素が多く見受けられるものであるかもしれない。親しい医師に相談をしている場面がくりかえし描かれていることからも作者は医療にまつわる助言を常に得られる状況にあるが、作品における描写が医療の観点から「正しい」ことに力点が置かれているわけではなく、患者としての「気持ち」がどのようなものであるかを率直に示すことが本作の特色である。医療現場において患者は概して自分の視野でしか状況が見えないものであり、自分の身体をめぐる目に見えない異変に対する不安や苛立ちを抱えることも当然のことであろう。その時々の「気持ち」や、手術や治療をめぐって多大な困難に直面していても家族や社会と切り離せない「生活」が克明に描かれている。
 続編となる『すとまんが~がんまんが人工肛門編』では、抗がん剤による化学療法を経て、ストーマ(人工肛門)の造設以後、器具の取り付け方などをめぐる具体的な描写を交えて病と共に生きる新しい生活の様子に焦点が当てられている。ストーマ(人工肛門)とともに生きる生活がどのようなものであるのかを知ることができると同時に、病は隠すべきことでもなく、また、美化された物語として感動的な演出を凝らすわけでもなく、あるがままに「生」を肯定するその姿勢から勇気づけられる読者もいることだろう。マンガによる物語のちからを示すものである。

【執筆者プロフィール】

中垣 恒太郎(なかがき こうたろう)
専修大学文学部英語英米文学科教授。アメリカ文学・比較メディア文化研究専攻。日本グラフィック・メディスン協会、日本マンガ学会海外マンガ交流部会、女性MANGA研究プロジェクトなどに参加。文学的想像力の応用可能性の観点から「医療マンガ」、「グラフィック・メモワール」に関心を寄せています。

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