日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

フラジャイル 病理医岸京一郎の所見

わずかな手がかりから病を突き止める、鑑別10割への責任。

フラジャイル 病理医岸京一郎の所見
キーワード
治験病理医臨床検査技師
作者
原作:草水敏
漫画:恵三朗
作品
『フラジャイル 病理医岸京一郎の所見』
初出
『アフタヌーン』(講談社、2014年8月号‐連載中)
単行本
『フラジャイル 病理医岸京一郎の所見』(講談社、アフタヌーンKC、既刊18巻、2014年‐)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 診療の裏に欠かせない「病理診断」を専門に行う医師たちを中心に、「医師や技師のオーバーワーク」や、「病院経営」、「終末医療とQOL」、「新薬開発の闇」など病院内外で起こるさまざまな問題にも切り込んだ作品。2016年にはフジテレビ系列でテレビドラマ化され、その後、2018年に第42回講談社漫画賞一般部門を受賞した。
 本作が描くのは、ブラック・ジャックのような神技で手術をする外科医でもなく、普段お世話になる、かかりつけの町医者でもない。おおよそ私たちがイメージする「医者」とはかけ離れた世界である。
 普段私たちが対面し、治療を施してくれる医者は、担当する「科」を問わず「臨床医」と呼ばれ、私たちが想像する“お医者さま”のイメージはこれだ。対して、本作に登場する「病理医」は、生検や病理解剖などから結果を正確に読み取り、そこから病気の原因過程を診断する専門家で、患者と直接向き合って治療にあたることは基本的にない。治療の過程で介在していながら、今までスポットの当たらなかったこの「病理医」の存在を、本作で初めて知る方も多いのではないだろうか。

「医療漫画」としての観点

 治療方針を決める上で病理医が果たす役割は大きく、臨床医からは「ドクターズドクター」とも呼ばれている。彼らの判断基準は、目の前にある細胞や体液、血液などで、そのどこかに原因を求める。それは診療というより、科学捜査のようでスリリングだ。いわゆる「新型コロナウイルス」という新たな脅威と人類が闘っている今、原因を究明し治療法を模索する医療従事者たちの姿が重なる。
 繰り返し描かれるのは「見立ての責任」について。病理医の検査結果は治療の方針を左右する重要な分岐点となる。判断ミスなど許されない重圧の中で、プレパラートの上の小さな病変を読み解き、10割の診断を下さねばならない。主人公・岸京一郎は言う。「病理医は他科の臨床医と対立することはあっても、患者に感謝されることはない。あるのは責任だけだ」と。かみしめるたび、重く響く言葉だ。
 これだけ重厚なテーマを扱いながら、どこか軽妙で面白く読み進められる作劇も見事。様々な要素が盛り込まれているのがミソだろう。キャラクターの成長を背骨にしつつ、病気を診断する過程の「推理」、裏で暗躍する製薬会社との攻防という「陰謀」、岸医師が繰り広げる舌戦で「バトル」と、漫画の面白さを凝縮したような濃密さで飽きが来ない。病理医の周辺で活躍する画像診断科や臨床検査技師など、知られざる技術職の描写も丁寧で、お仕事漫画としても楽しめるだろう。
 最も強く印象に残るのは、患者一人一人の抱える思いや事情が繊細に描きこまれていることだ。単に病気の治療過程を描くのでなく、人と人との物語を紡ぐことに重点を置いているのだと感じさせてくれる。「医療マンガ」の王道をゆく一本と言えよう。

【執筆者プロフィール】

田中 千尋(たなか ちひろ)
梅光学院大学 文学部 日本文学科卒。書店でのアルバイトや図書館勤務を経て、2012年の北九州市漫画ミュージアム オープニングスタッフとして開館に携わり、現在まで同館の図書担当として、漫画単行本など約7万冊規模の蔵書管理に従事。選書や整理、特集コーナーの企画・運営等に携わっている。『西日本新聞』北九州面にて他のスタッフと共にコラムを連載中。

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