伝統ある(?)「ヤブ医者ギャグ」の集大成
- キーワード
- 医療の質医療不信医療過誤藪医者
- 作者
- 田中圭一(たなか けいいち)
- 作品
- 『ドクター秩父山』
- 初出
- 『Comic劇画村塾』(スタジオシップ、1986年-1991年)
- 単行本
- 『ドクター秩父山』(スタジオシップ、シップフレッシュコミックス、全3巻、1987-1991年)、その他ぶんか社(1997年)、アスペクト(2005年)、小池書院(2012-13年)からの再版あり
作品概要
手塚治虫など大御所漫画家の絵柄を「芸」として習得し、その本来の作風とかけ離れたナンセンスギャグを描く一種のパスティーシュ表現、これを称して「イタコ漫画(家)」と言うが、田中圭一がそのイタコになる以前のヒット作。総合病院とおぼしき架空の「秩父山病院」を舞台に、主人公の医師やその周辺の医療従事者が、下品で好色で不謹慎でナンセンスな騒動を繰り返すギャグ4コマである。
発表当時、日本の漫画界で4コマ漫画は何度目かの変革期にあり、様々な新手法が同時多発的に生み出され、本作もその変革を担った一つである。泉昌之も『ズミラマ』で試みた、横長のコマを縦に4つ重ねる構成。相原コージ『コージ苑』や吉田戦車『伝染るんです。』にも見られる、4コマをシリーズとして続ける中で育っていく奇怪なキャラクター。後にほりのぶゆきが小島剛夕の絵柄を参照して確立する、陰影の濃いシリアスな「劇画調」の絵でギャグを描く手法……。特に最後の要素は、本作において際立っている。田中は劇画原作の巨匠・小池一夫の私塾「劇画村塾」の出身で、同塾発行の漫画誌に本作は連載されたのだから、もはや存在自体がギャグであった。
「医療マンガ」としての観点
医師がその知識・技術・倫理を「免許」で保証されるようになったのは明治以後のことで、それ以前に跳梁跋扈した「藪医者」についての社会的記憶は、古典落語などに今も伝わる通りだ。かの「(高い所から落ちて体を打った患者に)こりゃあ手遅れだ、落ちる前に来てもらわないと」などがそれである。戦後の日本漫画においても、「藪医者」ネタはギャグ漫画を中心に枚挙に暇がない。とりわけ外科医は、「手術」を舌足らずに発音した「シリツ」が定型表現として赤塚不二夫作品や、つげ義春の「ねじ式」などにも登場し、ブラックユーモアの格好の素材となってきた。『フランケンシュタイン』や『ドクター・モローの島』など、SF・ホラーの古典から流入した「人体改造」のイメージも根強く、本作でも、外科手術で患者の身体に奇想天外な改造を施すネタが頻出している。
「藪医者ギャグ」は、医療に対する人々の怖れや不信感に根差していることは否定できない。人口に膾炙した都市伝説「医学生が解剖実習で切除した人間の耳を壁にくっつけて『壁に耳あり』とやって退学になった」などはその典型だろう。だが一方で、医師を「聖職」視するあまりに無謬性を強いるばかりでは、社会システムとしてのバランスは保たれまい。たまにはこんな「毒」も、ある意味「良薬」となるのでは。
※1988年にショートアニメーションが制作され、バラエティ番組のレギュラーコーナーとしてテレビ放送された(フジテレビ系「オールナイトフジ」)。また続編に『ドクター秩父山だっ!!』がある。