寄り添う医療の本質に気づかせてくれる人間ドラマの傑作
- キーワード
- 地域医療
- 作者
- 山田貴敏
- 作品
- 『Dr. コトー診療所』
- 初出
- 『週刊ヤングサンデー』(小学館、2000年29号-2008年35号)
『ビッグコミックオリジナル』(小学館、2008年24号-) - 単行本
- 『Dr. コトー診療所』(小学館、ヤングサンデーコミックス、既刊25巻、2000年-)
※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。
作品概要
数ヶ月間医師がいない状態が続いていた離島の古志木島の診療所に、とある事情により大学付属病院の凄腕外科医・五島健助が赴任してくる。診療所と言っても、採血台すらない劣悪な環境で、五島は自ら設備を整えながら、唯一の看護婦・星野彩佳と仕事を始める。しかし、以前は医師不足で日本語が話せない医者が来ていたこともあったため、島の人々は医者に対する不信が強く、病気になっても診療所には来ず、6時間かけて本土の病院に行くことを選んでいた。それでも諦めず、星野のサポート受けながら、五島は診療所では不可能だと思われた難しい手術や診療をこなし、島人たちも閉ざした心を少しずつ開いてくれるようになる。
美しい古志木島を舞台に、人間に対する愛情と高い技術で数々の難関を乗り越える五島をはじめ、人間味あふれる島人たちが繰り広げるヒューマンドラマの傑作。累計発行部数1000万部を超える人気作で、マンガを原作に制作されたテレビドラマもシリーズ化するほど大きなヒット作となった。2003年、小学館漫画賞(一般向け部門)を受賞。
「医療マンガ」としての観点
何よりも、本作は医療従事者不足や設備不足など、長年指摘されてきた僻地医療の問題を真正面から取り上げているという点にその意義がある。大学付属病院で働いていたエリート医師の五島が、前の職場とは大きく環境が異なる離島の診療所で働きながら直面する問題は、日本における医療の地域格差を明確に見せてくれる。
このようなシステムの問題とは別に、限られた設備と不十分な環境の中でも、島人たちと助け合いながら医療を行う姿は、医療の本質について考えさせてくれるところがある。実際、看護師の星野が倒れた時に長い間産婆として働いていた島の女性が五島の助手を務めたり、輸血が必要になった時には大勢の人がやってきたりと、五島の医療は島人のためのものだが、また一方で島人なしでは完成できないものでもあると言える。
診療科目が分かれている都市の病院とは異なり、島の唯一の医師であることから、あらゆる分野の医療が登場することも興味深い。盲腸手術から尿管結石、時には帝王切開に至るまで、様々な病気と手術に的確に応える五島の爽快な活躍は、本作の大きな見どころである。と言っても、『Dr. コトー診療所』は天才医師が現実ではありえない魔法のような技術で次々と奇跡を起こすファンタジーマンガではない。各エピソードには実在する病名と薬、手術方法が登場し、事実に基づいた治療の過程が絵とともに丁寧に紹介されている。実際のところ、五島のモデルも39年間鹿児島県の離島・下甑島で医療に携わってきた瀬戸上健二郎という実在する医師である。本作に登場するエピソードの一部には、瀬戸上氏の経験談からインスピレーションを受けたものもあるという。このように「現実性」のある本作の特徴は、医療の話以外のところからも見受けられる。例えば、医師としては非の打ち所がない五島でも、プライベートの面ではだらしなく、星野の叱りを受けるキャラクターとして描かれる。ストーリーの中に時々登場する悪役のキャラクターも、完全な悪人として描写されることは少なく、完全な善人でも悪人でもない不完全な人間同士の話で構成されていることも、『Dr. コトー診療所』をより現実味のある作品にしてくれている。