「空前の医学部受験ブーム」時代における医者の卵たちの青春群像物語
- キーワード
- 医大生解剖実習
- 作者
- 三田紀房
- 作品
- 『Dr. Eggs ドクターエッグス』
- 初出
- 『グランドジャンプ』(2021 年第11 号~)
- 単行本
- 『Dr. Eggs ドクターエッグス』(集英社、2021 年~)
現在9巻まで刊行中
※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。
作品概要
主人公の円まどか千ちもり森は高校時代に成績が良かったことから教師に勧められるがままに山形県にある国立出羽医科大学に進学することになる。医学部を目指していたわけでも、そもそも将来なりたい職業のイメージがあったわけでもなかった主人公が親元を離れ一人暮らしを始めていく中で、サークル活動(民謡同好会)に参加したり、アルバイトをしたり、個性的な同級生たちと実習を積み重ねたりしながら、医師の卵として成長していく物語である。自己主張が強いわけでもなく優柔不断ですらある主人公であるが、その分、医学の世界の奥深さを素直に貪欲に吸収しようとする姿勢、そして、常に周囲を思いやることができる感性や洞察力は医師という職業に求められる素質でもある。医学部に対する強い思い入れや憧れがあったわけではない主人公の視点から、医学部の学生生活のユニークなあり方が魅力的に紹介されている点も本書の読みどころになっている。
「医療マンガ」としての観点
元暴走族の弁護士が経営破綻状態の私立高校を徹底的な合理主義で立て直す物語『ドラゴン桜』(講談社、2003-07)、『ドラゴン桜2』(講談社、2018-21)は異色の学園ものとして作者の代表作となっただけでなく、阿部寛主演によるテレビドラマ版(TBS 系列、2005・2021)も人気となり、ゼロ年代以降の教育問題・現代社会論を語る上で欠かせない作品となった。
「落ちこぼれ」の生徒たちを伝説の弁護士が東京大学合格に導く『ドラゴン桜』とは異なり、本作では勉強が得意であることから医学部受験を勧められ、親元を離れて山形県の国立出羽医科大学に入学した主人公のその後の日常に焦点が当てられている。単行本巻末の「あとがき」によれば、作者の小学校時代の同級生が医学部教授を務めていることを契機に着想され、綿密な取材に基づく個々のエピソードの迫真性が特色となっており、格好の医学部ガイドの側面も併せ持つ。
『ドラゴン桜』が社会現象となり、「空前の医学部人気」と称されるほど医学部受験の人気が高まった時代背景を受け、高校教師に勧められるがまま医学部に入学した主人公・円千森の視点から物語を通じて「本当に医学部でいいのか」を問い直す試みでもあり、医学部特有の実習の多い6年制カリキュラムに戸惑いながらも医師への道を着実に歩んでいく主人公の成長物語でもあるところに本作の魅力がある。アルバイトやサークル活動も含めた医大生の日常、医大生の試練とされる「解剖実習」の様子など実際のカリキュラムが克明に描かれ、さらに単行本巻末では「医師の卵」である現役医学部生・研修医や現役医師による座談会が収録されるなど、物語が描く医大生の日常やその時々の気持ちを補完する仕掛けも施されている。
医学部のカリキュラムに好奇心を持って素直に柔軟に取り組む主人公の視点を通して医療分野のおもしろさや奥深さが伝わり、個性の強い同級生たちと共に実習などの独自カリキュラムに挑む奮闘ぶりは、青春群像物語として、医大生ものの枠組みを超えて幅広い読者に開かれている。