日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

クルーズ―医師山田公平航海誌

豪華客船フェニックス号の乗客たちの人生模様を優しく見守る船医の物語

クルーズ―医師山田公平航海誌
キーワード
ホスピス病棟摂食障害末期がん終末期医療肺がん腎臓がん船医
作者
原作:矢島正雄
作画:菊田洋之
作品
『クルーズ―医師山田公平航海誌』
初出
『ビッグコミック』(小学館、2008年第9号-2009年8月17日増刊号)
単行本
『クルーズ―医師山田公平航海誌』(小学館、ビッグコミックス、全2巻、2008-2009年)

※「初出」は単行本のクレジットに基づいています。

作品概要

 全長280メートル、総トン数11万5000トンを誇るフェニックス号は、日本全土を周遊する超豪華客船。日本各地の港に寄りながら、北海道から沖縄までをクルーズする。
 このフェニックス号には、ひとりの船医がいる。山田公平、名門東郷とうきょう大学医学部を卒業し、将来を嘱望されたエリート医である。
山田がしがない船医に身をやつしていることが残念でならない大学時代の先輩の吉見は、彼を大学に連れ戻そうと説得を試みるが、「医師としての喜びも幸福も、今は全てこの船とともにあります」と言って聞く耳を持たない。かつて吉見が主治医を務めた末期がん患者のシャンソン歌手・幸田伸也が船上公演のためにフェニックス号を訪れると、吉見は山田と幸田の交流の様子から、その言葉の意味を理解する。
 山田は看護師の新橋めぐみや船長の岸本らとともにフェニックス号のさまざまな乗客とふれあい、医療行為だけにとらわれることなく、彼らの心身を癒す手助けをしていく。

「医療マンガ」としての観点

 本書はクルーズ船フェニックス号の船医を主人公に据えた作品。もっとも、船医が主人公とはいえ、実は医療行為はほとんど描かれない。焦点が置かれているのは、むしろフェニックス号に乗ってくる乗客たちの人間模様である。
 妻子を捨てた末期がんのシャンソン歌手、かつてリストラした部下と再会することになるホテルマン、年に2、3度フェニックス号を利用する伝説の女性客、失踪した娘を探す官僚、債権回収業務に携わる銀行員、肺がんで余命いくばくもない演劇界の重鎮、摂食障害のファッションモデル……。
彼らの数奇な人生を語るために山田が狂言回しに徹しているエピソードも少なからず存在している。
 そもそも山田がフェニックス号の船医になったきっかけは、彼の母親だった。不治の病に侵された山田の母親は、死の間際に「海が見たい」と言って、山田と一緒に乗客としてフェニックス号に乗る。それが山田とフェニックス号の出会いだった。
 山田は医師として母の病を治すことはできなかったが、人生の最期を満喫する母親とフェニックス号から大事なことを教わる。「病院や医者だけが命を救うわけではない。今を生きているこの幸福を運べる船になれ」と。
 乗客に幸福を運ぶ山田のクルーズは続く。

【執筆者プロフィール】

原 正人(はら まさと)
1974年静岡県生まれ。フランス語圏のマンガ“バンド・デシネ”を精力的に翻訳紹介する翻訳家。フレデリック・ペータース『青い薬』(青土社)、ダヴィッド・プリュドム『レベティコ―雑草の歌』(サウザンブックス社)など訳書多数。監修に『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社)がある。