日本の医療マンガ50年史
医療マンガレビュー

菩提樹

医師とは愛に生きる者――少女マンガだからこそ伝えられる医師像

菩提樹
キーワード
ジェンダー医師像生命への敬意
作者
大和和紀
作品
『菩提樹』
初出
『週刊少女フレンド』(講談社、1984年13号-1985年13号)
単行本
『菩提樹』(講談社、講談社コミックスフレンド、全3巻、1984-1985年、その他講談社漫画文庫版、Kindle版あり)
菩提樹 (1) 〜(3)(講談社漫画文庫) 
Kindle版 あり

作品概要

 医学部に入学した中原麻美は、匿名の篤志家「あしながおじさん」によって、交通事故で亡くなった父と同じ医師になることを条件に、支援を受けてきた。アメリカ作家ジーン・ウェブスターの『あしながおじさん』が作中冒頭でも言及され、支援される少女があしながおじさんと結婚するというロマンティック・ラブが示唆される。本作には、更なる宿命が隠されており、大和作品らしい「大型ラブロマン」(本作の単行本表紙より)となっている。医療と少女マンガの特徴が最大限に活かされ、一貫して、医師としての成長には、恋愛(とそれに伴う苦悶)が必要だというメッセージがためらいなく織り込まれている点に注目したい。

「医療マンガ」としての観点

 2020年の現在から考えると、2018年以降の医学部不正入試に端を発する、医学部受験での性差別問題が気になる所だが、本作では、医学部におけるジェンダー・ギャップは、作品を面白くみせる少女マンガ特有の設定(男だらけの中の女の子)としては提示されるものの、それ自体に疑問を呈することはない。ゼミは実験が辛いので男子しか入れない、学内では対等ではなく常に女の子としてしか扱われない、在学中の妊娠、等のエピソードが登場する。作中で麻美が入学する桐林医科大学は、入学者105名のうち女子は32名、2020年の日本社会と、ほぼ同じ割合である。
 麻美と早坂翼の関係が作品の主軸だが、早坂は麻美にとって、父親がわりの庇護者(あしながおじさん)、指導教官、更には父の死にも関係する男である。恋愛とも愛情ともつかない二人の関係性は、二重三重の業が込められ、リアリズムや専門的知識の提示という点からすると、本作を医療マンガとして類しないとみる向きもあるかもしれない。
 しかし、多くの大和作品同様、本作には、エロスとタナトスが表裏一体と化すような人間の根源的欲望や宿命をテーマに据えながら、その繊細なペンタッチと清廉で華のある画に引き締められて、愛をめぐる倫理とでもいうべき真実味が漂う。生命への敬意というテーマが菩提樹をシンボルとして提示され、医師は「単なる人体の修理屋」ではなく、「生命力の不思議さと気高さを愛する者」として定義される。生命とそれに仕える医師への純粋な敬意を読者の中に呼び起こすという点では、十分に医療マンガであるといえよう。また、病に倒れ、タブーや過去の罪に苛まれる早坂に関する描写は、とかく超人として描かれがちな医師像の中で、弱り切った人間としての医師を描いている点で興味深い。

【執筆者プロフィール】

杉本 裕代(すぎもと ひろよ)
東京都市大学共通教育部専任講師。アメリカ文学・ジェンダー研究専攻。コミュニケーションの観点から文学を実践的に活用する取り組みに関心を抱いています。英語で絵本を作成するプロジェクト「Small Stories」や家族・子どもを対象にした科学実験イベント、「南青山映画祭」などの企画運営に携わっています。